その日は、朝からひどく張り詰めた空気が街を覆っていた。
分刻みのスケジュール、途切れない連絡、そして結論の出ない議論。
乾ききった心に潤いを求めるように、私は出張先の街にある、老舗ホテルの重厚な回転ドアを押し開けた。
ー「湿度」をまとう空間
一歩足を踏み入れた瞬間、肌に触れる空気が変わった。
外の乾燥した苛立ちが嘘のように消え、静かで、しかし豊かな潤いを含んだ「湿度」が私を包み込んだ。
それは、空調の数値だけで作られたものではない。
ロビーを静かに行き交うスタッフたちの、その「視線」が生み出しているものだった。
彼らは、決してじろじろと客を観察することはない。
しかし、すれ違うその刹那、微かな会釈とともに向けられる視線には、客の歩幅や呼吸に合わせようとする「柔らかな配慮」が宿っている。
スタッフ同士がすれ違うときのアイコンタクトの温度感 。
言葉を交わさずとも伝わる、互いへの信頼と、この場を守るという共通の意志。
彼らの視線が重なり合い、編み上げられる空気こそが、空間の湿度を変え、訪れる人の心を静かに解きほぐしていくのだ。
ー視線の先に宿る経営の「魂」
経営において、こうした微細な視線のやり取りは、往々にして見過ごされがちだ。
しかし、これこそがマニュアルでは決して代替できない透明資産の正体である。
どんなに立派な経営理念を掲げても、現場のスタッフの視線が冷えていれば、その理念はただの言葉の羅列に成り下がる 。
逆に、理念を語らずとも、スタッフの眼差しの中に「お客様を大切にする」という温度感がにじみ出ていれば、それは無意識の経営言語となってお客様に伝わる 。
人は情報の多くを非言語で受け取っている 。
「大切にされている」
と感じる空気の中でこそ、お客様は再来店を決め、従業員は自らの仕事に誇りを見出すことができる 。
ー「演出」と「息吹」の境界線
ホテルのラウンジでコーヒーを待ちながら、私はふと考えた。
演出された空気は、時が経てば薄っぺらさが露呈する 。
しかし、このホテルのように、スタッフの内側からにじみ出る空気は、時間が経つほどに深みを増していく。
その差はどこから生まれるのか。
それは、経営者が「どんな空気を流したいか」という意図を、どれだけ日々の些細な場面に流し込んでいるか、という一点に尽きる 。
挨拶の一言、ゴミを拾う背中、そして仲間と交わす視線。
非効率かつ非数値的な事象に、どれだけ意味を持たせ、こだわっているか 。
その経営者の「執念」とも言える想いが、透明資産となって組織の末端まで浸透したとき、空間は生命の息吹を宿し始める。
ー鏡としての「空気」
私は、運ばれてきたコーヒーの湯気の向こう側に、自分の組織の姿を映してみる。
私の組織に流れる「視線」は、今、どのような湿度を持っているだろうか。
互いを監視するような乾いた視線ではなく、互いを支え合うような温かな眼差しが、そこにはあるだろうか。
空気は社長の在り方の写し鏡である 。
社長が自らの「空気」を整え、意図的に場をデザインする覚悟を決めたとき、組織の未来は確実に動き出す 。
ー潤いを取り戻して
チェックアウトを済ませ、再び回転ドアを抜ける。
外の空気は相変わらず乾燥していたが、私の心には、あのホテルのスタッフが手渡してくれた「透明な潤い」が確かに残っていた。
透明資産は、特別なスキルを必要としない。
ただ、目の前の人と、どのような「視線」で向き合うか。
その小さな選択の積み重ねが、やがては組織を支え、業績を躍進させる最強の武器となる 。
私も、今日は自らの視線の温度を整えることから始めよう。
乾ききった世界に、少しでも温かな「湿度」を届けられるような、そんな空気の調律師でありたいと願いながら。
ー勝田耕司













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