午後の日差しが、アスファルトの上に長く伸びていた。
私は次の目的地へと向かう途中、大きな交差点で信号が変わるのを待っていた。
街は家路を急ぐ人々と、家路を急ぐ車たちの排気音で満ちていた。
ふと、私のすぐ前で信号を待つ親子に目が留まった。
三歳か四歳くらいだろうか、鮮やかな黄色い帽子を被った小さな男の子と、その手を包み込むようにして握る、父親らしき大きな手。
ー「繋がり」という非言語の安心
男の子は、時折退屈そうに足を揺らしながら、信号が青に変わるのを待ちきれない様子だった。
だが、どれほど身体が動いても、その小さな手は父親の掌から離れることはなかった。
私が心を打たれたのは、その父親の「繋ぎ方」だった。
ぐいぐいと引っ張るわけでも、無理に固定するわけでもない。
ただ、子供が不安にならない程度の絶妙な力加減で、そこに「在る」ことを伝え続けている。
子供は一度も父親の顔を見上げなかった。
しかし、その足取りや視線の先には、迷いがない。
手を繋いでいるという、ただそれだけの「無言の約束」が、彼に世界を闊歩するための絶対的な安心感を与えているのだ。
これこそが、組織における透明資産の原形ではないか。
「守られている」
「繋がっている」
という実感。
それは言葉による説明を必要とせず、ただその場に流れる「信頼の熱量」として伝わっていく。
ー「信頼」は伝染し、力に変わる
経営において、リーダーとメンバーの距離感も、この「繋がれた手」に似ている。
管理という名のもとに強く握りすぎれば、相手は自由を奪われて苦しくなる。
かといって手を離してしまえば、不安という隙間風が入り込み、組織はバラバラになってしまう。
優れたリーダーは、その「空気の握り方」が驚くほど繊細だ。
何かあったときには必ず支えるという「無言の全肯定」を空気の中に忍ばせている。
すると、メンバーはわざわざ背後を振り返ることなく、目の前の仕事に、お客様に、全力で向き合うことができるようになる。
「信頼しているよ」と口に出すことも大切だが、日々の些細な所作や、不意に見せる表情の端々に「繋がっている熱」を宿らせること。
その微細な体温の伝播が、組織を一つの生き物のように動かしていく。
ー見えない「絆」の資産価値
信号が青に変わり、親子は歩き出した。
小さな歩幅と大きな歩幅が、不思議と調和のとれたリズムを刻んでいく。
私は彼らの背中を見送りながら、自社の「手の繋ぎ方」について考えた。
私たちの組織には、こうした「見えない絆」が資産として蓄積されているだろうか。
従業員が、迷いなく一歩を踏み出せるだけの「安心という名の空気」を提供できているだろうか。
透明資産とは、究極的には「人間関係の質」そのものである。
それは財務諸表には載らない。
しかし、離職率を下げ、生産性を高め、何より「ここで働けてよかった」という幸福感を生み出す、最強の経営基盤となる。
ー「在り方」を整えるということ
社長の仕事は、立派な指示を出すことだけではない。
まずは自分自身が、周囲に対して「安心の熱源」になれているかを問い続けることだ。
焦りや不安、怒りの感情で手を握れば、その冷たさは一瞬で相手に伝わる。
逆に、自らの内面を整え、穏やかで一貫した空気を発していれば、組織は自然と静かな自信に満たされていく。
空気は、嘘をつけない。
だからこそ、経営者は自らの「在り方」という名の透明な資産を、日々磨き続けなければならないのだ。
ー繋がれた熱の行方
親子は、角を曲がって見えなくなった。
だが、私の心には、あの繋がれた手の「熱」が確かに残っていた。
透明資産は、特別なイベントや制度の中に生まれるのではない。
今、目の前にいる人の手を、どのような想いで握るか。その一瞬の選択の中に、未来を創る源泉は眠っている。
私も、今日はいつもより少しだけ意識して、言葉に体温を乗せてみようと思う。
誰かの不安を溶かし、誰かの勇気を引き出すような、そんな空気の調律師でありたいと願いながら。
ー勝田耕司













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