クローゼットの奥を整理していたとき、ふとその「球体」が手に触れた。
表面の白と黒のパネルは剥がれかけ、無数の傷跡が刻まれた古いサッカーボール。
空気が抜けてひしゃげたその姿を見て、私は一瞬で、放課後のグラウンドの匂いへと引き戻された。
ー「空間」の声を聴く
幼い頃から、私はサッカーという競技に没頭していた。
全国大会という華やかな舞台を経験する中で、私はある「感覚」を体得した 。
それは、戦術やスキルといった論理的な理解よりもずっと手前にある、場の「気配」を感じ取る力だった。
ピッチに立った瞬間、そこには目に見えない無数の線が走っているのが見える。
味方の呼吸、相手の焦り、観客席から押し寄せる期待と不安。
それらが混ざり合い、スタジアムの「空気」を形成する。
次にどこへパスを出すべきか、どのタイミングで走り出すべきか。
それは頭で考えることではなく、その瞬間の「空気の歪み」を埋めるような、直感的な選択だった 。
これこそが、後に私が透明資産と呼ぶことになるものの原体験だったのだ。
ーチームの「気」を調律する
優れたチームには、共通する空気がある。
誰かがミスをしても、言葉で責めるより先に、周囲がその穴を埋めるために自然と動き出す。
一人のゴールを、まるで自分のことのように全員で喜び、スタジアム全体を「自分たちのリズム」で支配していく。
その心地よい「気」の連動は、マニュアルで強制できるものではない。
日々の厳しい練習の中で育まれた互いへの敬意、そして「このチームで勝ちたい」という無意識の合意。
それらが透明な資産となり、決定的な瞬間に勝利を引き寄せる力となるのだ 。
経営もまた、同じではないか。
社長の役割は、単に指示を出すことではなく、チーム全体が主体的に動き出す「場のエネルギー」を整えることにある。
一人の従業員の笑顔が場を変え、一言の声かけが組織の質を変えていく 。
ー傷跡という名の「信頼関係」
手元のサッカーボールに刻まれた傷跡を指でなぞる。
これは、仲間とパスを交わし、壁にぶつけ、泥にまみれながら積み重ねてきた時間の記録だ。
信頼関係も、これに似ている。
成功も失敗も共有し、摩擦を恐れずにぶつかり合った末に、ようやく手に馴染む透明な資産が出来上がる。
それは一朝一夕に築けるものではなく、非効率で数値化できない日々の積み重ねの中にしか宿らない 。
「空気感」を経営に活かすとは、こうした人と人の間に流れる見えない「熱量」を大切にすることだ 。
それは数字には表れない。
けれど、組織が危機に直面したとき、あるいは大きな挑戦に向かうとき、何よりも確かな「根拠」となって私たちを支えてくれる。
ー「在り方」がボールを動かす
私は、ひしゃげたボールを再び棚に戻した。
私は今、経営という名のピッチで、どのような「パス」を出しているだろうか。
周囲の呼吸を感じ、彼らが最も力を発揮できるような「空気」を創り出せているだろうか。
空気は、社長の生き方の写し鏡だ 。
自分の内面を整え、一貫した想いを放ち続けること。
その「在り方」そのものが、ボールを動かし、チームの未来を決定づける 。
透明資産は、特別なものではない。
それは、あの日グラウンドで泥だらけになりながら追いかけた、あの熱狂の延長線上にあるものなのだから。
ーピッチの向こう側に続く旅
クローゼットを閉め、私は窓の外を眺めた。
私の旅は、あの頃から何も変わっていないのかもしれない。
目に見えない「空気」を感じ、それを調律し、心地よい世界を創り出すこと。
明日もまた、新しいピッチが私を待っている。
透明資産という、形なき、けれど何よりも重い「宝物」を胸に抱えて。
ー勝田耕司













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