旅先の朝は、その土地の「台所」を覗くことから始まる。
まだ夜の帳が下りきらぬ頃、港近くの市場へと足を運んだ。
霧が立ち込める薄暗い空間に、突如として弾けるような活気が飛び込んできた。
ー「音」が語る組織の健康状態
「さぁ、買った買った!」
「こっちは今朝あがったばかりだよ!」
威勢のいい声が四方八方から飛び交い、長靴が水たまりを叩く音が小気味よいリズムを刻んでいる。
私はその喧騒の渦中に立ち、ふと足を止めた。ここにあるのは、単なる「騒音」ではない。
それは、そこで働く一人ひとりの意志が共鳴し、場全体を震わせている「命の躍動」そのものだった。
いい「空気」は、“音”でわかる 。
従業員の声がよく通る会社には活気があり、そこには風通しの良さと、挑戦を恐れない強さが宿っている 。
逆に、どこか静まり返った職場には遠慮や緊張が支配し、保身が優先されるようになる 。
市場を支配しているこの“音”は、目に見えない「空気」の振動であり、その組織の文化の深度を如実に物語っていた 。
ー「共感価値」という見えない磁力
一軒の鮮魚店の前で、私は目を奪われた。
店主がお客に魚を勧める際、単に「新鮮だ」「安い」と言うのではない。
「これは昨晩、荒れた海で若い漁師が命がけで獲ってきた一匹なんだ。
この身の締まり、あんたに食べてほしいよ」
その言葉の端々には、商品スペックを超えた「物語」と「想い」が込められていた。
お客様は、魚という物質を買っているのではない。店主が語る背景に共感し、その場に流れる「温度感」を一緒に買い求めているのだ。
これこそが、商品やサービスでは真似できない「共感価値」を育てる『透明資産』の力である 。
「なんとなく感じがいい」
「なんとなく応援したくなる」
この“なんとなく”こそが、価格競争に疲弊せず、選ばれ続ける構造をつくる唯一の道なのだ 。
ー境界なき連携が生む「場の力」
市場の裏側では、競り落とされた魚が次々と運ばれていく。
そこには厳密なマニュアルがあるようには見えない。
しかし、誰かが重い荷物を運んでいれば、隣の店の者が自然と手を貸し、通路が塞がれば誰に言われるでもなく道を空ける。
そこにあるのは、「ここまでは自分の仕事、ここからは他人の仕事」という冷たい境界線ではない。
「場を回す」という共通の目的に向かって、個々の力が溶け合うような「なめらかな連動」だ。
経営において、スキルや戦略以上に、人と人の間に流れる「場の力」で組織がまとまることがどれほど強力か 。
やらされ感がまん延している空気の中では誰も本気になれないが、この場所で必要とされていると感じる空気の中では、人は自然と動き出す 。
ー「透明資産」を自覚する瞬間
市場の喧騒を離れ、私は港の堤防に腰を下ろした。
私の組織に流れる“音”は、今、どのように響いているだろうか。
誰かの成功を全員で喜び、誰かの困難を全員で支える、そんな「命の躍動」があるだろうか。
空気は社長の在り方の写し鏡であり、組織の未来をつくる発火点である 。
社長が自ら放つ「破長」が、そのまま空気の源になる 。
私は、あの市場の店主のように、自らの仕事に、自らの言葉に、どれだけの「想い」という熱量を込められているだろうか。
ー市場から持ち帰るもの
日は完全に昇り、市場の活気は日常の営みへと移り変わっていく。
透明資産は、特別なものではない。
それは、今この瞬間に、誰かのために懸命に生きようとする「意志」の集積なのだ。
私は、市場で感じたあの「音」と「熱」を、自分の胸に深く刻んだ。
明日、職場の扉を開けるとき、私は自らが発信装置となり、心地よい活気を組織に吹き込んでいこう 。
見えない資産を見える成長に変えていく、その確信とともに。
ー勝田耕司














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