朝、五時。
街が本格的に目を覚ます前の、凛とした冷気が支配する時間帯。
私は少し早めに家を出て、近所の公園を横切るのが日課になっている。
まだ夜の残り香が漂う薄明かりの中、前方から規則的な音が聞こえてきた。
サッ、サッ、サッ。
竹箒がアスファルトの路面を撫でる、乾いた音だ。
ー境界なき「仕事」
そこにいたのは、公園の清掃を担当している年配の男性だった。
彼は私の存在に気づくこともなく、ただ一点、自分の足元の落ち葉を見つめ、丁寧に箒を動かしている。
驚いたのは、彼が掃いている場所だった。
そこは公園の敷地内ではなく、公道との境界にある植え込みの、さらに外側だった。
本来の「受け持ち範囲」がどこまでかは分からないが、彼は公園の内も外も区別することなく、ただ「汚れている場所」を等しく清めていた。
彼は、誰かに見られているからやっているのではない。
「ここまでは私の仕事、ここからは他人の仕事」という境界線すら、彼の中には存在しないようだった。
そこにあるのは、報酬や義務を超えた、純粋な「場を整える」という行為そのものだった。
その背中からは、言葉にせずとも伝わる「祈り」のような静謐さが漂っていた。
ー場を支配する「気」の正体
私はその横を通り過ぎるとき、思わず背筋が伸びるのを感じた。
清掃が終わった後の路面は、単にゴミがないという状態を超えて、独特の「清々しさ」を放っている。
それは物理的な綺麗さではなく、そこに込められた「意図」が、場の空気を調律した結果なのだ。
これこそが、経営の土台となる『透明資産』の真髄である 。
優れた組織には、こうした「境界なき献身」が空気の中ににじみ出ている 。
例えば、自分とは関係のない部署の電話が鳴れば自然と受ける 。
床に落ちている小さなゴミを誰に言われるでもなく拾う 。洗面所の水を拭き取り、玄関の靴を揃える 。
こうした些細な場面における「繊細な意図」が、組織の深部に定着したとき、場には心地よいリズムが生まれ、経営の呼吸が一致し始める 。
ー社長が放つ「波長」の伝播
多くの経営者は、制度やKPIといった「目に見えるもの」で組織をコントロールしようとする 。
しかし、制度を活かすも殺すも、その根底に流れる「空気」によって決まるのだ 。
あの清掃員の男性が、もし「仕事だから仕方なくやっている」という負のエネルギーを放っていたら、公園を通る人々の心にこれほどの清涼感を与えることはなかっただろう。
経営において、社長が放つ波長は、無意識のうちに従業員へと転写される 。
社長が自らの在り方を整え、「場を清める」という覚悟を持って日々の些細な言動に向き合うとき、その背中は言葉以上に従業員を導く 。
「この場所で働くことに誇りを持てるか」
「この空気の中で自分の力を発揮できそうか」
こうした感覚的な問いへの答えこそが、従業員の行動を決定づける要因となるのである 。
ー「見ようとする姿勢」が資産を育てる
私は、遠ざかる箒の音を聴きながら、自問した。
私は、自分の組織という名の「公園」において、こうした目に見えない価値を見ようとしているだろうか。
数字には表れないけれど、確実に経営を支えている「空気」の兆候を、観察力によってチューニングできているだろうか 。
最近、社内で笑顔は増えているか。
従業員同士の会話のスピード感はどうか。
朝の出社時、空気は重くないか 。
これらは「空気」の変化を示す重要な兆候だ 。
空気づくりは、感覚に頼るだけでなく、現場を「見ようとする姿勢」から始まる。
そこに眠る「すでにある魅力」を発掘し、言語化し、構造として整理すること。
それが、持続可能な経営資産を築く一歩となる 。
ー一貫性が生む「選ばれる理由」
公園を抜け、家へと向かう。
空は白み始め、街に生命の息吹が戻りつつあった。
あの清掃員の男性が、今日も明日も変わらずに箒を動かし続けるように、経営における「空気」もまた、日々の小さな一貫性によって形成される 。
お客様が「なんとなく感じがいい」と感じるその理由の正体は、こうした場の細部に宿る「想い」の連鎖だ 。
一過性のキャンペーンではなく、文化として根付いた空気こそが、お客様に「また来よう」と思わせる究極のブランドになる 。
私も、今日は自らの場を清めることから始めたい。
言葉の温度を整え、沈黙に意味を持たせ、一貫した姿勢で組織の空気を調律していこう。
透明資産は、特別なスキルを必要としない。
ただ、「空気は経営戦略である」という視点を持って、日々の日常に向き合う覚悟があればいいのだ 。
ー勝田耕司









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