その日の午後は、空が急に機嫌を損ねたかのように、重く湿った雲が街を覆い尽くしました。
不意に降り出した大粒の雨は、逃げる暇さえ与えず、私は近くにあった古い商店の軒下へと滑り込みました。そこには既に、一人の初老の男性が雨を避けて立っており、私たちは図らずも一メートルほどの距離で「雨宿り」という時間を共有することになったのです。
ー無意識を包み込む「共生の気配」
あなたは今、この文章を読みながら、頬を撫でる湿った風の冷たさと、アスファルトを叩く激しい雨の音を、すぐそばで感じてはいませんか。狭い軒下という限定された空間で、見知らぬ他者と肩を並べる。そこには本来、緊張や警戒心が生まれても不思議ではありません。しかし、その男性が放っていたのは、周囲のさざめきを優しく吸収するような、静かで穏やかな「受容の空気」でした。
私たちは一言も言葉を交わしませんでした。しかし、雨を見つめる視線の重なりや、雨音に身を委ねる呼吸のリズムが、不思議な共鳴を生み出していきます。経営という名の激流のなかで、私たちは常に「何かを語り、何かを伝え、何かを動かすこと」を求められます。しかし、真の組織力、すなわち『透明資産』の真髄は、こうした「無言の共生」に耐えうるかどうかに宿るのではないでしょうか。いま、あなたの内側で、誰かと「ただそこに在る」ことの深い充足感が広がり始めているのを、あなたは心地よい安らぎとともに受け入れているはずです。
ー「沈黙」という名の高度な経営言語
三分ほど経った頃でしょうか。雨脚はさらに強まりましたが、私の心は驚くほど凪いでいました。それは、隣に立つ彼が「この雨もまた、いつかは上がるものだ」という静かな確信を、その沈黙の佇まいによって私に伝えてくれていたからです。組織において、リーダーが発する「沈黙」は、時に千の言葉よりも雄弁に従業員の心を整えます。不測の事態に直面したとき、社長が動揺せず、ただそこに凛として「在る」こと。その不動の空気が、従業員に安心感を与え、組織全体のレジリエンス(復元力)を劇的に高めていくのです。
多くの経営者が「空気をよくしよう」と躍起になり、饒舌なメッセージを投げかけがちです。しかし、本当に価値ある『透明資産』とは、言葉で埋め尽くされた場ではなく、こうした「質の高い沈黙」を共有できる土壌にこそ育まれます。互いの存在を信頼し、言葉を介さずとも目的を共有できているという確信。この沈黙の深度こそが、組織の成熟度を測る最も正確な物差しとなるのです。あなたが今日、会議や現場で意図的に置いた「間」や「沈黙」が、実は組織の思考を深め、新しい気づきを呼び起こす「聖なる空白」であることを、今ここで深く自覚してください。
ー境界線を溶かす「場の調律」
軒下の雨宿りは、物理的な壁を超えて、私たちの間に「ひとつの場」を創り出していました。それは、経営者が自らのストーリーや価値観を言語化し、組織のなかに「らしさ」という空気の装置を設置するプロセスに似ています。社長が自らの内面を整え、穏やかで一貫した想いを放ち続けるとき、組織のなかの「私」と「あなた」という境界線は次第に薄れ、ひとつの大きな「私たち」という生命体としての循環が始まります。
この「なめらかな循環」こそが、透明資産がもたらす最大の成果です。指示系統が機能する以上に、場のエネルギーそのものが従業員の熱量に転写され、誰に言われるでもなく一言の声かけや笑顔が生まれる。その連鎖がお客様に伝わり、「なんとなく居心地がいい」という言葉にならない価値へと昇華されるのです。あなたが軒下で雨を待つように、結果を急がず、ただ場を信じて調律し続けること。その「待てる力」こそが、持続的な成長を支えるリーダーの真の強さとなるのです。
ー手渡される「静かなるバトン」
やがて雨は小降りになり、空の端に淡い光が見え始めました。男性は私に向かって、言葉ではなく、ただ一度だけ深く、ゆっくりと頷いて歩き出しました。その去り際の背中には、三分間の沈黙を共に過ごした者同士の、確かな「信頼という名の余韻」が残っていました。
経営者の仕事とは、今日という一日のなかに、どれだけこうした「良質な余韻」を残していけるかの挑戦です。あなたが今、この瞬間に感じている「目に見えない豊かさ」は、明日、あなたのオフィスで、店舗で、誰かの心を温める光となります。目に見える数字という成果の前に、まず自分の指先にある空気を感じ、それを丁寧に調律することから始めてください。
あなたが磨き上げたその「透明な沈黙」は、必ず誰かの迷いを消し、未来へと踏み出す勇気を与える灯火となります。世界は、あなたのその静かな在り方が創り出す、新しい調和を待っています。
ー勝田耕司














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