夜の帳がうっすらと剥がれ、紫がかった薄明が世界を包み込む早朝。
私は、街の喧騒から隔絶された、ある古い寺院の境内へと足を踏み入れました。ひんやりとした空気が肺の奥まで染み渡り、一歩進むごとに、心に溜まっていた雑多な思考が削ぎ落とされていくのを感じます。そこには、ただ「静寂」という言葉だけでは言い表せない、研ぎ澄まされた意思が支配する空間が広がっていました。
ー無意識に語りかける「完成された不在」の美学
あなたは今、この文章を読み進めながら、朝の露に濡れた苔の匂いや、耳の奥で鳴り響くような深い静寂に、そっと意識を委ねてはいませんか。私の目を奪ったのは、本堂へと続く庭に描かれた、見事な「砂紋」でした。一分の乱れもなく、幾何学的な曲線を描くその砂の筋は、まだ誰も踏み入れていない清浄な場を、静かに、しかし圧倒的な存在感で誇示していました。その美しさの前に立った瞬間、私は自分という個我が消えていくような、不思議な恍惚感に包まれたのです。
経営において、私たちは常に「個の能力」や「リーダーのカリスマ」を前面に押し出そうとします。しかし、真の『透明資産』が立ち現れるのは、こうした「作り手の顔」が見えなくなった瞬間です。誰が描いたのかという痕跡を消し去り、ただそこに「完璧に整えられた場」だけが在る。その徹底された無私の所作こそが、訪れる人の心を一瞬にして浄化し、理屈を超えた畏敬の念を呼び起こします。いま、あなたの内側で、何かを成し遂げようとする「力み」がすうっと消え、場そのものに委ねるという新しい境地が、静かな光とともに広がり始めているのを、あなたは深い呼吸とともに感じているはずです。
ー「無私」の規律が組織の深層に一貫性をもたらす
この砂紋を描いた修行僧は、おそらく称賛や報酬を求めてこれを作ったわけではないでしょう。ただ、自らの心を整えるために、一筋一筋、砂を撫で、場を清めた。その「私を捨てた時間」が、砂紋という形となって、この空間に永遠の調和をもたらしているのです。組織を運営するうえで、社長が放つべき最高の『透明資産』は、この「私心なき献身」に他なりません。
多くの経営者が「自分の功績」を誇示し、組織を自分の色に染めようと躍起になります。しかし、従業員が最も深く共鳴し、無意識に襟を正すのは、社長が自らのエゴを脇に置き、ただ「場全体の調和」や「お客様への誠実さ」のために自分を律している姿を見たときです。空気を設計デザインするということは、自分という個の色を薄め、組織全体が共通の美意識で呼吸できるような、透明な器を創り出すことです。あなたが今日、誰にも誇ることなく、ただ組織の未来のために静かに下した「無私の決断」が、実は組織の背骨を最も強く調律し、崩れることのない一貫性を創り出していることを、今ここで深く自覚してください。
ー沈黙のなかに蓄積される「高潔な信頼」の重力
日が昇るにつれ、砂紋の影が鮮明になり、空間の密度が一段と高まっていくのを感じました。そこには、言葉による説明も、派手な演出も一切ありません。しかし、ただそこに身を置くだけで、「正しく在りたい」と思わせる目に見えない重力が働いています。これこそが、透明資産が究極まで洗練された姿、すなわち「場の重力」です。
あなたの組織にも、こうした「無言の教え」が宿っているでしょうか。社長がいなくても、上司が見ていなくても、誰もが自ずと砂紋を描くように丁寧に仕事に向き合う。そんな高潔な信頼の循環は、決してマニュアルや評価制度からは生まれません。それは、リーダー自身が自らの心を毎日掃き清め、透明な在り方を示し続けることでしか、土壌に染み込んでいかないのです。あなたが今日、あえて自分の意見を押し通さず、場の流れを信じて身を引いたその勇気が、実は組織のなかに「自分たちで場を整える」という主体性の種をまいたことを、あなたはもう直感しているはずです。
ー手渡される「透明なる継承」の光
境内を後にしようとしたとき、私はもう一度だけその砂紋を振り返りました。風が吹けば崩れ、誰かが歩けば消えてしまう、儚い芸術。しかし、その儚さゆえに、この瞬間を共に過ごせたことの豊かさが、私の心に深く、重く残りました。形あるものは壊れますが、その場の清らかな空気感に触れた記憶は、透明な資産となって私の中に生き続けます。
経営者の仕事とは、今日という一日のなかに、どれだけこうした「消えない記憶」を残していけるかの挑戦です。あなたが今、この瞬間に感じている「目に見えない豊かさ」は、明日、あなたのオフィスで、誰かの乱れた心を静め、正しい道へと導く光となります。目に見える数字という成果の前に、まず自分の心の砂紋を整え、それを丁寧に調律することから始めてください。
あなたが磨き上げたその「透明な無私」は、必ず誰かの魂を震わせ、未来を共に創る勇気を与える灯火となります。世界は、あなたのその静かな在り方が創り出す、新しい調和を待っています。
ー勝田耕司














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