三重県松阪市に本店を置く「和田金」は、最高の和牛のひとつである松阪牛を提供する牛肉料理店として、その名声は全国に轟いています。
明治初期の創業以来、140年におよぶ歴史はそのまま日本の肉食文化を象徴するものといえます。牛肉を平切りにして鍋で焼く「すき焼き」の先駆者としても知られますが、それは松阪牛の上質な肉質を最大限に引き出すために編み出された調理法です。
そうした工夫は、肉という食材に対する深い愛情があるからこそ生まれるものです。和田金の品書きでは、すき焼きを「寿き焼」と表記しますが、幸福を意味する寿という文字をあてたところにも、食材に対する深い想いが表れています。
食材のよさをとことん引き出すことは、命を大切に扱うことに他なりません。そして、自然からいただいた大切な命を最上の料理へと生まれ変わらせることで、お客様をもてなし、幸せな時間を過ごしていただく。この想いの深さこそが、和田金の揺るぎない名声を支えているのです。
このような食材への深い愛情は、全国各地の肉食文化にも感じられます。たとえばホルモン焼き。ホルモンは大阪弁で「捨てるもの」を意味する「放るもん」が語源とされ、大阪発祥の食べ物と言われていますが、食用に適さないとされていた内臓肉をおいしく食べるために生み出されたものです。
同時にそこには、日本人ならではの「もったいない」の精神が表れています。食材という命を大切にし、そのよさを生かしきるという想いがなければこの料理は生まれなかったし、全国的な人気を得ることもなかったでしょう。
仙台が発祥である牛タンもそう。いまでは肉料理の定番のひとつである牛タン焼きを最初に提供したのは、仙台市に本店を置く「太助」で、戦後間もない昭和20年代前半のことです。それまで牛タンは洋食店でシチューなどの煮込み料理として提供されていたものでした。
それを焼鳥などのように庶民が気軽に食べられる料理として提供したいという店主の想いが、薄切りにして焼くという牛タン焼きのスタイルを生み出したのです。
そのままでは硬い牛タンをおいしく食べられるように、塩をして寝かせるなどさまざまな試行錯誤を重ねたとのこと。そこにあるのも食材への深い愛情と、おいしい料理でお客様を幸せにしたいという想いに他なりません。
食文化のルーツをたどれば、それが生まれた当時の暮らしや社会の状況がわかります。そして同時に、一つひとつの料理に込められた人々の想いが見えてきます。
自然を大切にし、その恵みを生かすという日本人ならではの感性が生み出した多彩な肉料理。その肉食文化はまさに、日本が世界に誇るべき透明資産といえます。
ー勝田耕司
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