朝の出勤時間、いつもの駅のホームを歩いていたときのことだ。
人の波に流されるように階段を降り、改札を抜け、構内を歩いていると、ふと目に入ったのは一人の清掃員さんだった。
その人は、誰も気にも留めないホームの端で、黙々とモップを動かしていた。
ただ、それだけの光景なのに、なぜか、空気が澄んでいるな~と感じた。
不思議とその一角だけが静かで、心地よい。
人の往来やアナウンス音、通勤の足音が重なる中で、その人のまわりだけが、まるで別世界のようだった。
よく見てみると、その清掃員さんは、作業の一つひとつに迷いがない。
モップの軌跡、ゴミ袋の扱い、通行人へのさりげない会釈。
どれも丁寧なのに、過剰ではない。
誰かに見せるための動きではなく、場の呼吸に合わせているような自然さがあった。
私はしばらく立ち止まり、その姿を見ていた。
そこで気づいたのは、「空気を変える人」というのは、声を張り上げたり、偉そうに仕切ったりする人ではなく、場のエネルギーを整える人だということだった。
―言葉よりも強く伝わる「整える力」
清掃員さんの仕事は、もちろん掃除だ。
でも、あの空間で起きていたのは、ただの清掃ではない。
「空気を整える」という、もっと深い仕事だった。
たとえば、床に落ちているゴミを拾う行為。
それ自体は単純だが、その瞬間、そこを通る人の気持ちは少しだけ軽くなる。
汚れていた場所がきれいになったという視覚的な変化だけでなく、「誰かが気にかけてくれている」という安心感が空気に宿る。
人はその空気を、言葉にせずとも感じ取っている。
経営の現場でも同じだ。
オフィスや店舗の整理整頓、挨拶の声、社員の姿勢。
これらはすべて、空気を整える行為なんだ。
そしてそれを率先してやっている人がいるだけで、職場の空気はガラッと変わる。
「掃除をする人」と「空気を整える人」は違う。
前者は手を動かしているが、後者は心を動かしている。
つまり、透明資産とは、見えないけれど確実に場の質を変える心の動作なのだ。
―チームの成果は空気の濃度で決まる
組織には、目に見えない濃度がある。
それは、温度でも、モチベーションでもなく、空気の濃度だ。
同じチームでも、成果が出る時期と停滞する時期がある。
仕組みも人も変わっていないのに、なぜか調子がいいときもあれば、妙にギクシャクすることもある。
この差をつくっているのが、そう、空気だ。
たとえば、社員が朝出社してきたとき。
「おはようございます!」
この声が軽やかに交わされる職場は、それだけで生産性が上がる。
逆に、誰も口を開かず、パソコンを黙って立ち上げるだけの空間には、どんなに高性能なシステムがあっても成果は出ないんだ。
空気の濃度を高めるには、ルールよりも人の在り方が問われる。
社長やリーダーがどんな表情で、どんなテンションで、どんな姿勢で現場に立っているか、そこにチーム全体の空気が写し取られる。
清掃員さんがつくっていたのは、まさにこの濃度の高い空気だ。
黙っていても、誰かの気持ちを整える。
その人の存在自体が、組織における「無言の文化資産」になる。
―空気を整える人は、リーダーシップの原点を知っている
リーダーシップというと、多くの人が“引っ張る力”を思い浮かべる。
でも、実際に人を動かすのは、整える力のほうだ。
現場を整える。
人の感情を整える。
チームの流れを整える。
この「整える力」がある人は、言葉を多く発さなくても信頼される。
なぜなら、人は理屈よりも空気の安定に安心するからだ。
心理学的に言えば、職場の空気が乱れると、脳内ではストレスホルモンであるコルチゾールが分泌され、判断力が低下する。
逆に、安心や一体感を感じる空間では、オキシトシンやドーパミンが分泌され、創造性や協働性が高まる。
つまり、空気の整備は、チームの脳を整えることでもある。
そして、その最初のスイッチを押すのが、リーダーだ。
社長が朝、どんな声で社員に挨拶するか。
部長が報告を受けたとき、どんな顔で頷くか。
会議の前に、場を整える一言を添えるかどうか。
それだけで空気の流れは変わる。
私が駅の清掃員さんに見たのは、そういう「リーダーの原型」だったんだ。
地位でも権限でもなく、整える在り方で空気を導いていた。
―経営における「空気」のデザイン設計という仕事
企業経営において、利益や売上は結果でしかない。
その結果を支えているのは、組織に感じる空気のデザイン設計だ。
たとえば、飲食店経営。
同じメニュー、同じ立地でも、スタッフの表情が明るい店は繁盛する。
お客様は「何を食べるか」よりも、「どんな空気を感じるか」で店を選んでいる。
製造業でも同じだ。
工場の整理整頓が行き届いている職場は、製品クオリティだけでなく安全性や離職率にも影響する。
清掃は経営指標を動かす非言語の経営行為なのだ。
社長の仕事は、この空気のデザイン設計を意図的に行うことだ。
理念やビジョンを掲げることも大切だが、それ以上に、日々の挨拶、会話のトーン、社内掲示物の言葉選び、オフィスの匂い、、、
そうした五感で感じる部分にこそ、経営の思想が表れる。
「見えないけれど、感じる」もの。
そう、それが透明資産の源泉だ。
そしてそれは、社員が誇りを持って働ける空気を生み、お客様がファンになる空気を外に放つ。
―空気は循環する──駅から会社へ、会社から社会へ
私が駅で感じたあの清掃員さんの空気は、きっと一時的なものではない。
その人が日々積み重ねている整える習慣が、あの空気をつくっていた。
そして、その空気は通勤者の心にわずかに残り、どこかの職場で、また別の空気をつくる。
空気は循環する。
駅で感じた清々しさが、オフィスでの優しい声かけにつながり、
その声かけが、お客様への誠実な対応を生み、それがまた、社会に小さな安心を広げていく。
経営も同じだ。
社長のエネルギーは社員に伝わり、社員の空気がお客様に伝わる。
そしてお客様の満足が、また社長のエネルギーを高める。
この循環を意図的に設計することが、「透明資産」経営なんだ!
―空気を変えるのに、肩書きはいらない
あの駅の清掃員さんは、決してリーダーという肩書きを持っていたわけではない。
だけれども、あの場では確実に空気のリーダーだった。
この体験から私が改めて感じたのは、組織の中で本当に影響力を持つのは、地位やスキルではなく、空気を変える力だということだ。
もしあなたが若きビジネスリーダーなら、
チームを引っ張るよりも前に、場を整える意識を持ってほしい。
それができる人は、どんな業界でも信頼され、成果を出す。
なぜなら、人は整った空気の中でしか本気を出せないからだ。
リーダーの最初の仕事は、空気のデザイン設計士になること。
そのために特別なスキルは要らない。
姿勢を正す、挨拶する、声をかける、感謝を伝える、場を整える、、、それだけでいい。
空気を変えれば、行動が変わる。
行動が変われば、結果が変わる。
結果が変われば、未来が変わる。
そして、その最初の一歩は、朝の駅で清掃員さんが静かにモップを動かしていた、あの所作から始まるのかもしれない。
―今日の『透明資産』質問
あなたの職場で、空気を整える人は誰ですか?
そして、あなた自身は今日、どんな空気を放っていますか?
―勝田耕司
企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタント
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆が深まり、従業同士の信頼関係が築きあげられ、商品・サービスの独自性が強化されます。そして、持続的成長につながる経営の仕組です。















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