夜の駅前。
降り続く雨が街の輪郭をぼやけさせ、ヘッドライトの光が水たまりに乱反射している。私は列の三番目に停まっていた、一台の黒いタクシーに乗り込んだ。
「どちらまで行かれますか」
運転席の男は、振り返ることなく静かに問いかけてきた。その声には、深夜特有の倦怠感はなく、むしろ雨音を切り裂くような鋭い透明感があった。
ー鏡越しの「対峙」
行先を告げ、シートに深く身体を預ける。
ふと視線を上げると、バックミラー越しに、運転手の「瞳」と目が合った。
彼は私の表情を確認すると、すぐに視線を前方に戻した。
しかし、その一瞬の交差に、私は息を呑んだ。
そこには、ただ客を運ぶという「作業」を超えた、ある種の緊張感と敬意が宿っていたからだ。
彼はバックミラーを、単なる後方確認の道具として使っているのではない。
鏡を通じて客の「空気感」を読み取り、車内の温度、音楽の有無、あるいは沈黙の深さを瞬時に調整するための「センサー」として機能させているようだった。
これこそが、人と人の間に流れる「場の力」であり、スキルを超えた透明資産の表れである 。
ー「一期一会」を仕組に変える
車は、雨の街を滑るように走り出した。
加速も、ブレーキも、まるで私の身体の揺れをあらかじめ知っているかのように滑らかだ。
多くの組織では、こうした高い次元の配慮を「個人の資質(属人的なもの)」として片付けてしまう。
しかし、本当に強い組織とは、こうした「一期一会の覚悟」を、目に見えない構造として共有しているものである 。
たとえば、このタクシー会社が「安全に運べばいい」というスペックだけの教育をしていたら、この運転手の瞳にこれほどの熱量は宿らないだろう。
彼は、会社が大切にしている「目に見えない価値」──お客様の人生の断片を預かっているという自負──を、自らの「空気」として体現している。
これこそが、社長の在り方の写し鏡であり、組織の未来をつくる発火点なのだ 。
ー沈黙という名の「もてなし」
道中、彼は一度も話しかけてこなかった。
しかし、車内の空気は決して冷たくはなかった。
むしろ、心地よい「静寂」という名のもてなしを受けているような感覚だ。
経営において、言葉を尽くすことだけがコミュニケーションではない 。
「空気」は語らない。
しかし、時に雄弁に、相手に安心感を与え、信頼を築く媒体となる 。
社員に理念を語っても、マニュアルを整備しても、なぜか組織が動かない。
そんな経験を持つ経営者は多い 。
それは、言葉よりも先に、その場に流れる「空気」が不信や焦燥を伝えてしまっているからだ 。
この車内に流れているのは、言葉を超えた「誠実」という名の空気だった。
ーバックミラーの中の自画像
私は、ミラーに映る自分の顔を眺めた。
私は、自分の組織において、バックミラーを見るように従業員やお客様の「空気感」を感じ取ろうとしているだろうか 。
「空気は感覚の問題だ」と切り捨て、目に見える数字やKPIばかりを追いかけてはいないだろうか 。
空気づくりは、コントロールではない 。
まずは自分がどんな「空気」を出しているかを自覚し、自らがエンジンとなって組織に新たな気を吹き込む覚悟が必要だ 。
あの運転手の瞳のように、自分の仕事に対して「一期一会の覚悟」を持てているか。
その問いが、深夜の車内に静かに響いていた。
ー雨上がりの誓い
目的地に着き、支払いを済ませる。
「お疲れ様でした。足元にお気をつけて」
彼が最後にかけた言葉には、雨の夜を走り抜いてきた者同士の、ささやかな連帯感がこもっていた。
車を降り、去りゆくテールランプを見送りながら、私は深く息を吐いた。
透明資産は、特別な演出の中にあるのではない。
日常の、それもバックミラー越しに交わされる一瞬の視線の中にこそ、その真髄は眠っている 。
明日の朝、私は自分の組織の「鏡」を磨くことから始めよう。
一期一会の覚悟を胸に、場に流れる空気を丁寧に調律していくために。
ー勝田耕司














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