五月の半ばを過ぎたある木曜日の朝、午前五時四十五分のこと。
東京から夜のうちに新幹線で移動し、駅前のビジネスホテルで仮眠をとり、まだ夜が完全には明け切らないうちに、私はある地方の小さな町の、ローカル線の無人駅のホームに、立っていました。
その日、私には、午前八時から、ある山あいのクライアントの本社で、半日かけての重要な経営会議が、予定されていました。
新幹線の駅から目的の山あいの町まで、ローカル線で片道およそ一時間二十分。
私は早朝五時五十二分発の始発の各駅停車に乗るために、まだ夜露の残るホームに、ひとり、立っていたのです。
ホームには、自動券売機が一台と、屋根のついた木製の小さな待合室がひとつだけ。
駅員の姿はどこにもありません。
つまりこの駅は、もう何年も前から、「無人駅」となっていたのでした。
しかし——。
私はホームのコンクリートの上に、最初の一歩を踏み入れたその瞬間に、息を、深く、飲んだのです。
——無人駅とは思えないほど、ホームが、整っている。
ホームのコンクリートの上には、塵ひとつ落ちていませんでした。
線路の脇の白い砂利は、まるで、誰かがほんの数十分前まで、丁寧にひとつずつ掃き清めていたかのように、その砂利の一つひとつが、ふわりと、しかし確かに、整然と並んでいたのです。
そしてホームの端の、誰のためでもない木製の小さなベンチの上に、誰かが季節の若い芍薬の花を、一輪だけ、青い小さなガラスの花瓶に、そっと活けていました。
——無人駅に、誰が、毎朝、これだけの手を入れているのか。
私はまだ夜の残るホームの薄青い光の中で、深く息を吸い込みました。
すると、そのホームの空気の中には、わずかに、ある懐かしい匂いが、確かに溶け込んでいたのです。
——竹箒で、ひと掃きしたばかりの、新しい朝の匂い。
そしてまだ、誰かがその竹箒を置いて、立ち去ったばかりであろう、わずかに、ぴり、と張り詰めた、空気の余韻。
私はふと、ホームの端のほうに、視線を向けました。
そしてその先に——、白いシャツに紺色のジャケット、そして革靴に磨き込まれた革のベルトを締めた白髪の老紳士が、ひとり、ホームの端の方に、線路に向かってまっすぐに、しかし控えめに立っているのを、見つけたのです。
老紳士は、私のほうをわずかに振り返り、深く一礼してくれました。
しかし、こちらに声をかけてくることは、ありませんでした。
私はぼんやりと、その老紳士の佇まいを眺めていました。
そしてふと、ホームの端の柱に、ささやかに貼られた一枚の古い掲示板を、見つけたのです。
その掲示板には、すでにもう何年も色褪せた、しかし丁寧に毛筆で書かれた、こんな文字がありました。
「当駅のホームと砂利は、令和になりましても、地元の有志の皆様により、毎朝、清掃されております。心より感謝申し上げます。」
そして、その下には、ほんの小さな字で、こう添えられていました。
「もと駅長 佐々木」
——老紳士は、その「もと駅長」だったのでしょう。
おそらく彼は、もう何年も、いや、もしかすると十年以上前に、この駅が無人化された、その日から、毎朝、ご自分の意思でホームに来て、竹箒を持ち、砂利を整え、ベンチに花を活け、そして始発の列車を見送ることを、誰に頼まれるでもなく、続けてきたのです。
これはただの「ボランティア清掃」では、ありませんでした。
これは、無人化される前のこの駅で、何十年も駅長として、毎朝、この駅で発着する列車を見守り続けてきたその一人の人間が、無人化されたあとも、自分の中でその「日々の発車」という儀式の、ひとつの規律を、ご自分の身体の中に、確かに引き継ぎ続けている、ということだったのです。
——砂利の一粒一粒に、人の手の規律が宿る。
これこそが、私の名づける「砂利の規律」でした。
そして、午前五時五十二分。
遠く山あいから、ゴトン、ゴトン、と、二両編成の小さなローカル線の列車が、ゆっくりと、しかし確かに、ホームに滑り込んできました。
その瞬間、ホームの端の老紳士は、ゆっくりと、しかし確かに、両手を自分の腿の脇にぴたりとつけ、そして、列車が彼の前を通過するちょうどその瞬間に、深く、深く、四十五度ほどの角度で、お辞儀をしたのです。
その時、私はふと、列車の運転席の方に視線を向けました。
そして運転席の若い車掌——おそらくはまだ二十代の半ばの、その若い男性の運転士——も、老紳士の方をちらりと見て、ハンドルを片手で握ったまま、もう片方の手で、自分の制帽の縁を、ほんの一センチほど、軽く傾けて、一礼を返していたのです。
——若い運転士の中にも、あの老紳士の朝の所作が、確かに引き継がれている。
そして列車は、ホームに、ゆっくりと止まりました。
私は、二両目の列車に、ひとり、乗り込みました。
車内には、私の他には、誰もいませんでした。
ドアが閉まり、列車がゆっくりと走り出したその瞬間。
私は車窓越しに、もう一度、ホームの端の老紳士のほうを振り返りました。
老紳士は、列車の最後尾がホームから完全に去っていくその瞬間まで、深いお辞儀の姿勢を、決して崩しませんでした。
そして列車がホームから完全に離れた、ちょうどその瞬間に、ようやく、老紳士はゆっくりと身体を起こし、そしてベンチの上の若い芍薬の方へ、一度、振り返り、最後にその芍薬の花弁を、指先でふわりと整え直して、ホームを後にしたのです。
——たった、それだけの所作。
しかしその瞬間、私の中で、何かが深く、静かに満ちていきました。
これはただの「無人駅の見送り」では、ありません。
これは、無人化された一つの駅の、毎日の発車という儀式を、誰にも頼まれることなく、誰にも見られることなく、ただご自身の身体の中の規律として、何年も、何十年も、引き継ぎ続けている、ひとりの「もと駅長」の、極めて静かで、極めて深い、敬意の所作だったのです。
——これが、「日々の発車への礼節」でした。
毎日、何百回もの列車が、無人化されたこの小さなホームを、発着しているはずです。
それはもう、彼にとって、何千回、何万回と繰り返してきた、極めて日常的な所作のはずです。
しかし、その何万回目の所作を、まるで「初めての、たった一本の発車」のように、ご自身の身体の中に、確かに、刻み続ける。
そしてその所作の積み重ねこそが、無人駅の砂利の一粒一粒の整然たる並びとなり、そして若い運転士の制帽の傾け方の中にすら、確かに、静かに、空気感が引き継がれていたのです。
私は揺れる車窓越しに、まだ夜露の残る、ローカル線の山あいの景色をぼんやりと眺めていました。
そしてふと、自分の鞄の中の、その日の経営会議の資料を、もう一度、机の上に取り出してみたい、という、静かな衝動を、覚えていたのです。
——こちらが、毎日、繰り返している所作のなかに、果たして、あの老紳士のホームの一粒の砂利ほどの、揺るぎない空気感は、宿っているだろうか。
vibes は、目には見えません。
しかし vibes は、こうして、無人化されたはずの小さな駅のホームの中にすら、ひとりの「もと駅長」の、何十年もの朝の積み重ねによって、確かに息づき、毎朝の始発列車の中に、運ばれ、若い運転士の制帽の傾け方の中に、再びふわりと、立ち上がる。
——空気は、引退してもなお、続く。 ——空気は、引き継がれる。
それこそが、看板にも、時刻表にも、決して書かれることのない、無人駅という場の、最も深い、最も静かな「透明資産」だったのだ——。
私は、揺れるローカル線の朝の車窓の中で、ようやく気づいたのです。
——勝田耕司













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