五月の半ばを過ぎ、若葉の緑が、その日いちばんの濃さに、ふわり、と、染まり始めた、ある木曜日の昼下がり、午後二時十五分。
街路樹の若葉が、初夏のやわらかな風に揺れるたびに、あたり一面に、軽やかな緑の薫りを、放っていた、ちょうどその時刻。
私は、午後のアポイントの合間の、一時間ほどの空白を抱えながら、いつもの大通りから、二本だけ路地の方へと外れた、古い住宅街の一角を、革靴の踵を、初夏のアスファルトに、ゆっくりと、響かせながら、歩いていました。
——その日、私が、ある一軒の畳屋を、訪ねようと思い立った理由は、はっきりと、ありました。
来月の半ば、ながらく、入院していた父が、ようやく、退院の日を迎え、しばらくの間、家の客間で、ゆっくりと、養生することになっていたのです。
家の客間の畳は、もう何年も前から、わずかに焼け、縁が、すこし、ほつれていました。
「いやいや、そのままで、構わんよ」
電話の向こうで、父は、いつもの低い声で、そう、笑いました。
しかし、私は、その電話を切ったあと、しばらくの間、何かを、決めかねたまま、机の前に、座っていました。
そして、ようやく、心を、決めたのです。
——畳を、入れ替えよう。
ほんの数日、いや、数週間でも、父が、迎え入れられる、その客間の床の上に、新しく、青々とした、まだ匂いの立ちのぼる藺草の畳を、敷き直しておこう、と——。
そして、その思いが、私の足を、何度か通りかかったことしかなかった、町外れの、ある一軒の老舗の畳屋へと、自然と、運んでいたのです。
路地の奥、まだ昼下がりの陽差しが、傾く一歩手前で、家々の屋根を、明るい琥珀色に染め上げていた、その先。
私は、表通りに面した、大きな引き戸が、初夏の風通しのために、両側いっぱいに、開け放たれた、ある一軒の畳屋の前に、立っていました。
入口には、扉らしい扉もなく、ただ、開け放たれた間口があるばかり。
——しかし、その間口の奥から、すでに、外の通りまで、ふわり、と、流れ出ているものが、ありました。
それは、藺草の、まだ刈り取られて間もない、青々とした、若葉のような、しかし若葉とは、明らかに違う、何かしら、深く、沈んだ匂いでした。
私は、ゆっくりと、その間口の手前で、足を、止めました。
そして、藺草の青い匂いに、まず、何度か、深く、息を、吸い込んでみたのです。
——間口を、くぐる前から、もう、その店の佇まいが、私の身体の中に、入り込んでくる。
外の街路樹の若葉の薫りと、店の中の藺草の青い匂いとが、間口の、ちょうど境目のあたりで、互いを、押しのけることなく、しかし、決して、混ざり合うこともない、絶妙な、ある「気配の境界線」を、作っていたのです。
私は、ゆっくりと、その境界線を越え、一歩、足を、踏み入れました。
そして、その瞬間——。
私を包み込んだのは、初夏の午後の街路の、軽やかな緑の薫りとは、まったく、種類の違う、深く、ずっしりと、しかし、決して重苦しくはない、ある——、新しい畳表の藺草と、古い木の梁と、わずかに焦げたような香り立つ畳針の油と、そして、長い、長い年月の中で、職人の手のひらと足の裏に、磨き上げられてきた、土間の石の匂いとが、ひとつに溶け合った、芳醇で、しかし、極めて穏やかな、ひとつの空気の塊でした。
そこに漂っていたものは、もはや、ただの「匂い」では、ありませんでした。
——藺草の青さが、長年の年月を経た木の柔らかさに、寄り添う。 ——畳針の油の、わずかな苦さが、土間の石の冷たさに、馴染む。
それは、日本語でひとことで言い切ることが、できないほどの、独特の vibes、とでも呼ぶしか、ない、ひとつの「畳屋の場(ば)」そのものでした。
そこには、これから、ある一枚の畳が、誰かの家の、誰かの大切な間(ま)の床に、敷き直されるその日まで、新しい畳の青々とした命を、確かに、お預かりするための、極めて謙虚で、しかし揺るぎない「規律」が、確かに、藺草の繊維とともに、息づいていたのです。
「いらっしゃいませ」
土間に板敷きを張り出した、広い作業場の真ん中で、白い半纏に、紺の前掛けを締めた、白髪混じりの五十代後半ほどの職人——おそらくは、この畳屋の、現役の店主——が、両膝を、白木の作業台の上で、揃えて折ったまま、顔を、わずかに、こちらに、向けてくれました。
声の音量は、決して、強くありませんでした。
むしろ、作業場全体に漂う、深く沈んだ藺草の匂いを、わずかにも、揺らさない、ぎりぎりの、最も控えめな、しかし、確かに、胸の奥にまで、届く、絶妙な響き。
そして、店主は、私が、藺草の匂いに、立ち止まっている、その様子を、決して、急かそうとは、しませんでした。
ただ、視線を、もう一度、ゆっくりと、手元の畳針へと、戻していったのです。
——歩み寄らない。話しかけない。ただ、間(ま)を、保つ。
その「間(ま)の保ち方」こそが、店主の、無言の、しかし確かな、慎ましさだったのです。
私は、ゆっくりと、作業場の中ほどに、足を、進めました。
そして、土間の隅に、立てかけられた、ある光景の前で、息を、深く、飲んだのです。
——新しく仕立てられた畳が、五枚、立てかけられている。
しかし、それらは、雑に、互いに、もたれ合うように、立てかけられていた、のでは、ありませんでした。
五枚の新畳は、互いの縁が、決して、別の畳の表面に、傷をつけないように、寸分違わぬ間隔で、それぞれの間に、清潔な布が、一枚、丁寧に、はさみ込まれた状態で、立てかけられていたのです。
そして、五枚の畳の、藺草の青さは、それぞれが、わずかに、織り目の方向で、光の反射の角度を、変え、まるで、五人の生まれたばかりの子の、それぞれの顔のように、似ていながら、しかし、寸分違わぬ表情を、決して、持たない——、そんな、深い、それぞれの個性を、放っていたのです。
これは、ただの「商品の保管」では、ありませんでした。
これは、これから、それぞれの家の、それぞれの大切な間に、敷き直されるであろう、五枚の畳の、誰の家の、どの部屋に、どの面が、どの方向で、敷かれるのか——を、すでに、職人の頭の中で、寸分違わず、決めきった上での、その「お渡し直前の、慎ましい控え」の所作だったのです。
——五枚の新畳が、互いの青さを、決して、競わない。
その立てかけ方の、なんと、深いことか。
これこそが、私の名づける「青の規律」でした。
私は、しばらくの間、その立てかけられた五枚の前に、ただ、佇んでいました。
——藺草の青い匂いが、私の鼻先から、肺の奥まで、深く、ゆっくりと、染み込んでいく。
そして、藺草の繊維の中に、何百本、何千本、何万本と、織り込まれているであろう、その一本、一本が、職人の指先の温度を、確かに、覚えているのだ、ということが、なぜか、ふっと、分かったのです。
「お見立て、でしょうか」
店主が、私が、五枚の新畳の前で、たっぷり、二、三分は、佇んでいたであろう頃合いに、ようやく、低く、声を、かけてくれました。
私は、ゆっくりと、頷き、家の客間の畳を、入れ替えたい旨と、来月の半ばに、退院してくる父のための部屋であること、そして、できれば、藺草の、最も上等な、青々とした、香り立つ畳表を、お願いしたいことを、ぽつ、ぽつ、と、伝えました。
店主は、その間、一度も、私の言葉を、遮りませんでした。
そして、私の言葉が、すべて、終わったあと、しばらくの間、ただ、深く、頷きながら、考え込んでいたのです。
そして、ようやく、店主は、こう、言いました。
「お父様の、お部屋の、間取りと、襖の開く方向を、お聞かせいただけますか」
——畳の、敷き目の方向を、襖の開く方向に、合わせるためでした。
これは、ただの「採寸」では、ありませんでした。
これは、退院したばかりの父が、襖を開けて、その部屋に、初めて足を踏み入れる、その瞬間に、畳の藺草の織り目が、父の視線を、最も自然に、最も穏やかに、部屋の奥の窓のほうへと、誘導していくように——、設計された、「迎える間(ま)の、空気の流れ、そのものへの、配慮」だったのです。
そして、店主は、最後に、こう、付け加えました。
「お父様が、いらっしゃる、その日の朝に、敷き直しに、伺います。畳は、敷きたての、最初の一晩を、お父様に、お渡しいたします」
——たった、それだけの、言葉。
しかし、その瞬間、私の中で、何かが、深く、静かに、満ちていったのです。
これは、ただの「畳替え」では、ありません。
これは、退院してくる父の、その日の、最初の一呼吸を、藺草の青々とした、いちばん新しい、いちばん深い vibes の中で、迎え入れるための——、職人が、長年の年月の中で、磨き上げてきた、最も静かで、最も深い、敬意でした。
——これが、「迎える間への礼節」でした。
そして、この所作と、ひとことの言葉とが、その日、ようやく、父の入院中の長い時間に、自分なりの区切りを、つけようとしていた一人の息子の身体の中に、何か、確かな、静かな、しかし熱を持った、迎え手としての、覚悟そのものを、染み込ませてくれていたのです。
私は、店主に、深く、頭を下げ、お代の見積もりを、お願いし、そして、店を、後にしました。
開け放たれた間口を、ゆっくりと、くぐり、初夏の、若葉の薫る午後の路地の中に、再び、戻った、その瞬間——。
藺草の青い匂いは、もう、私のジャケットの肩のあたりに、わずかに、しかし確かに、染み込んでいました。
そして、ふと、私は、気がついたのです。
——畳屋とは、ただ、畳を売り買いする場所では、ない。 ——畳屋とは、これから、誰かの大切な人を、迎え入れるであろう、ひとつの間(ま)の、まだ生まれていない vibes そのものを、職人の指先の温度で、藺草の繊維の一本一本に、丁寧に、織り込んで、家まで、お運びしてくれる場所だったのだ、と——。
vibes は、決して、目には、見えません。
しかし、vibes は、こうして、たった五枚の新しい畳の中にすら、確かに、職人の何十年もの年月の重みとともに、織り込まれ、家の客間まで、運ばれ、そして、襖を開けた家族が、その部屋に、最初の一歩を、踏み入れる、その瞬間に、藺草の青い匂いとともに、ふわり、と、立ち上がる。
——空気は、人を、変える。 ——空気は、再会を、整える。 ——そして、空気は、迎え入れる側の、その緊張までも、優しく、ほどく。
それこそが、看板にも、値札にも、決して書かれることのない、町外れの老舗の畳屋という店の、最も深い、最も静かな、「透明な資産」だったのだ——。
私は、藺草の青い匂いを、肩に、わずかに、宿したまま、五月の風薫る午後の路地の中で、ようやく、気づいたのです。
——勝田耕司













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