五月の半ばを過ぎ、日の出の時刻が、随分と早まり始めた、ある土曜日の朝、六時四十五分。
街路樹の若葉に、夜のうちに静かに降りた朝露が、まだ、ほんの少しだけ、銀色の光を宿し、初夏のやわらかな朝の風が、街の路地を、ふわり、と、しかし確かに、緑の匂いで満たし始めた、ちょうどその時刻。
私は、薄手のジャケットの袖口に、ゆっくりと、両腕を、通しながら、まだ眠りの残る家族の寝息を、玄関の引き戸越しに、確かめるようにして、家を、後にしました。
——その朝、ふと、家を出る時に、寝ぼけ眼で、廊下に立っていた家族が、かすれた声で、こう、言ったのです。
「今日のお昼は、お豆腐の冷ややっこ、食べたいなあ」
たった、それだけの、ひとことでした。
しかし、私は、その何気ないひとことの中に、家族の、まだ完全には目覚めていない、しかし、確かな、その日の食卓への、淡い期待のようなものを、感じ取っていました。
そして、その淡い期待を、そっと、家族の手のひらの中に、運ぶために——、私の足は、何ヶ月か前から、その存在だけは知っていた、町外れの、ある一軒の老舗の豆腐屋へと、自然と、向かっていたのです。
商店街から、一本だけ路地を外れ、住宅街の中を、しばらく歩いた、その先。
私は、磨き込まれた木の引き戸の上に、藍染めの暖簾が、初夏のやわらかな朝の風に、わずかに、しかし確かに、揺れている、ある一軒の豆腐屋の前に、立っていました。
入口の脇には、もう何十年も、雨に打たれ、陽に焼かれ続けてきたであろう、白く塗られた、木製の小さな立て札が、佇み、その上に、毛筆の太く力強い書体で、「とうふ」と、たった三文字、藍色で、書かれていました。
開業から、優に、半世紀は超えているのでしょう。
私は、ジャケットの内ポケットから、布製の小さな手提げ袋を取り出しながら、まだ朝の冷気の残る指先で、ひんやりとした引き戸の取手に、そっと、手をかけました。
引き戸が、長年使い込まれた木の、低く、しかし澄んだ音を立てて、ゆっくりと、横に滑った、その瞬間。
私を包み込んだのは、初夏の朝の路地の、わずかに乾いた風の中とは、まったく違う、深く、ひんやりと、しっとりと、潤いを含んだ、ある——大豆と、井戸水と、そして、店全体の床にまで打ち水を入念に施されたあとの、清浄な石の匂いとが、ひとつに混ざり合った、極めて澄み切った、ひとつの「空気」でした。
外の路地の、わずかに乾いた朝の風が、店の中の、深く沈んだ、しかし決して重苦しくはない、ひとつの「水の空気」の手前で、ふっ、と、立ち止まる。
そして、店の中の、その澄み切った空気のほうから、私の身体に、ゆっくりと、優しく、寄り添ってくるのです。
——空気の中の「水の含み具合」ひとつで、ここまで、人の身体の入り方が、変わる。
そう感じた瞬間、私は、まだ、店主とも、一丁の豆腐とも、何の言葉も交わしていないにもかかわらず、すでに、この豆腐屋の主人が、何十年もの間、毎朝、毎夕、丁寧に、井戸水を汲み、大豆を煮、にがりを打ち、そして、店の床にまで、水を打ち続けてきた、ある「場の空気感」の、その奥行きの、ほんの入口に、確かに、足を踏み入れていることを、感じ取っていたのです。
そこには、まだ完全には目覚めきらぬ、それぞれの家庭の朝の食卓に、一丁の豆腐の中に閉じ込められた「水の透明さ」を、そのまま、お運びするための、極めて謙虚で、しかし揺るぎない「規律」が、確かに、井戸水の冷気とともに、息づいていたのです。
「お早うございます。お早いですねえ」
奥の作業場の方から、白い長靴と、白い前掛けに、紺色の手拭いを首にかけた、白髪の店主——おそらくは、この豆腐屋の二代目か、三代目か——が、両手の水滴を、前掛けで、軽く拭いながら、私の方を見て、静かに、微笑みました。
声の音量は、決して、強くありませんでした。
むしろ、まだ眠っている街の朝の空気を、わずかにも揺らさない、ぎりぎりの、最も控えめな、しかし、確かに胸の奥にまで、届く、絶妙な響き。
——朝の空気感そのものに、寄り添う声の大きさ。
私は、ジャケットの内ポケットから、財布を取り出しながら、店の中ほどに、ゆっくりと、足を、進めました。
そして、店の中央に置かれた、大きな、白磁の、円形の水槽の前に、立った、その瞬間——。
私は、息を、深く、飲んだのです。
——白磁の水槽の中の、水が、寸分の濁りもなく、ただ、純粋に、透明だった。
水槽の縁から、こぼれそうなほどに、たっぷりと張られた井戸水の中で、まだ作りたての絹ごし豆腐が、五丁、整然と、しかし、決して、ぎっしりと詰め込まれることなく、互いの白い肌を、決して、傷つけ合わない、絶妙な距離を保ちながら、ふわりと、しかし確かに、浮かんでいたのです。
その豆腐の白さは、ただの白では、ありませんでした。
水の透明さの中で、外からの五月晴れの朝の柔らかな光を、まるで、自ら、ほんのりと内側から発光しているかのように、ふわりと、淡く、受け止めている、ある、深く、品のある、白さでした。
そして、五丁の豆腐の、それぞれの間隔は、見事なまでに、寸分違わず、ぴたりと、揃っていたのです。
これは、ただの「商品の並べ方」では、ありませんでした。
これは、豆腐を、「商品」としてではなく、「水と大豆と、そして、店主の朝の時間そのものから、生まれたばかりの、ひとつの命」として、扱う——、店主の、長い、長い、年月の中で、磨き上げられた、深い、深い、哲学の、表明だったのです。
——五丁の豆腐が、互いの肌を、決して、押しつけ合わない。
その間隔の、なんと、慎ましいことか。
これこそが、私の名づける「白さの規律」でした。
私は、しばらくの間、その白磁の水槽の前に、ただ、立ち尽くしていました。
——時間が、ゆっくり、と、白磁の水槽の中で、止まっている。
水の透明さの中で、五丁の白さが、外の若葉の匂いと、店の床の打ち水の匂いと、わずかな大豆の甘い匂いとを、そのまま、自分の中に、吸い込んで、静かに、佇んでいる。
その姿を、見つめていると、なぜか、私の身体の中の、その朝、まだ完全には覚めていなかった、ある「家族の何気ないひとこと」への淡い反応が、ゆっくりと、しかし確かに、はっきりとした輪郭を、取り戻し始めていったのです。
——気づけば、私の呼吸は、いつのまにか、白磁の水槽の中の、五丁の豆腐の、ゆったりとした、しかし確かに在る、水の中の呼吸の速度と、ぴたりと、重なり始めていました。
「絹ごしを、二丁、お願いします」
私は、ようやく、店主に、声を、かけました。
店主は、深く、頷きました。
そして、ここから先の、ほんの一分ほどの間。
私は、これまで生きてきた中で、最も静かで、最も整然とした、「豆腐を、掬い上げる、所作」を、目撃することになったのです。
店主は、まず、白磁の水槽の脇に置かれた、木製の柄の長い、平たい、薄い木のヘラ——おそらくは、もう何十年も、店主の手のひらの中で、使い込まれてきた、その豆腐すくい——を、両手で、低く、捧げ持ちました。
そして、ヘラの先端を、白磁の水槽の水面に、決して、ばしゃり、と、突き刺さない。
——そっと、水面の、ほんの一センチほど下まで、滑り込ませた、のです。
そして、ヘラの先端は、五丁の豆腐の、最も手前に浮かぶ一丁の、ちょうど真下に、ゆっくりと、しかし、迷いなく、誘導されていきました。
ヘラの上に、一丁の豆腐の、その全身の重みが、ふわり、と、乗った、その瞬間——。
店主は、ヘラを、いきなり、水の中から、引き上げた、のではありませんでした。
——豆腐とヘラの、その合計の重みを、水の浮力に、最後の最後まで、支えてもらいながら、水の中で、ゆっくりと、ゆっくりと、水平を保ったまま、水面の方まで、上昇させていったのです。
そして、ヘラが、水面の上に、出た、その瞬間にも、店主は、決して、その瞬間に、豆腐を、あらかじめ用意してあった白いポリ容器の中に、ぽとり、と、落とさない。
——豆腐の重みを、ヘラの上で、水平に、支えたまま、ヘラごと、白いポリ容器の上まで、ゆっくりと、運び、そして、ヘラの先端を、容器の縁に、そっと、寄り添わせ、そして——、まるで、生まれたばかりの赤ん坊を、産湯から、寝床へと、移すかのような、深い、深い、慎みをもって、豆腐を、容器の中に、横たえたのです。
——豆腐の角が、ひとつも、欠けていない。 ——豆腐の白い肌に、ヘラの跡が、ひとつも、ついていない。
私は、その所作の前で、しばらくの間、息を、忘れていました。
そして、店主は、もう一度、まったく同じ所作で、二丁目の豆腐を、容器の中に、横たえ、最後に、容器の中に、井戸水を、ひたひたと、注ぎ、白い蓋を、ふわり、と、被せました。
そして、店主は、その容器を、両手で、低く、捧げ持ち、私の前まで、ゆっくりと、運んできてくれました。
そして——。
私は、店主の、最後の所作に、息を、深く、深く、飲んだのです。
店主は、その容器を、私の差し出した布袋の中に、入れた、のでは、ありませんでした。
——入れた、のではなく、「お預かりした水を、お返しする」ような所作で、両手で、私の布袋の口に、容器の底を、ゆっくりと、滑り込ませていったのです。
そして、容器の底が、布袋の中に、確かに、収まった、その瞬間、店主は、ようやく、自分の指先の力を、ゆっくりと、抜いていきました。
そして、店主は、目を、わずかに伏せたまま、ほんの一センチほど、軽く、頭を、下げ、こう、呟いたのです。
「お昼の食卓を、お楽しみに」
——たった、それだけの、所作と、ひとことの、言葉。
しかし、その瞬間、私の中で、何かが、深く、静かに、満ちていったのです。
これは、ただの「豆腐」を、お客様に、お売りするのではなく、これから、それぞれの家庭の、お昼の食卓の上に、静かに置かれるであろう、ひとつの「家族の昼の時間そのもの」に対して、店主が、払うことのできる、最も静かで、最も深い、敬意でした。
毎日、何十丁もの豆腐を、お客様に、渡している店主。 それは、彼にとっては、何千回、何万回と繰り返してきた、極めて日常的な所作のはずです。
しかし、その何万回目の所作を、まるで「初めての、たった一回目」のように、一丁、一丁、別の存在として、その豆腐が、これから運ばれていく先の、誰かの食卓そのものへの敬意とともに、お渡しする。
——これが、「朝の食卓への礼節」でした。
そして、この所作こそが、私のような、その朝、家族のたったひとことの、何気ない呟きを、ふと、すくい上げた一人の通行人の身体の中に、何か、確かな、静かな、しかし温かな、家族への運び手としての、覚悟そのものを、染み込ませてくれていたのです。
私は、布袋を、両手で、低く、捧げ持ったまま、店を、後にしました。
引き戸を、ゆっくりと、引いて、初夏の、五月の朝の路地の中に、再び、戻った、その瞬間——。
街路樹の若葉の上の朝露は、もう、ほとんど、消えかけていました。
しかし、私の手の中の布袋の中には、店主が、何十年もの年月の中で、毎朝、井戸から汲み上げ続けてきた、その「水の空気感」が、確かに、二丁の白い絹ごし豆腐とともに、ひたひたと、横たわっていたのです。
そして、お昼、家の食卓の上で、この容器の蓋を、家族が、ふわり、と、開けた、その瞬間に、その「店の空気感」は、再び、ふわり、と、家の食卓の上に、立ち上がるのでしょう。
——豆腐屋とは、ただ、豆腐を売り買いする場所では、ありません。 ——豆腐屋とは、家族の、何気ないひとことの中の、淡い期待そのものを、店主の、何十年もの井戸水の積み重ねから生まれた「心地よい、水の空気感」とともに、二丁の絹ごしの中に閉じ込めて、運び手の手のひらの中に、確かに、お託しする場所だったのです。
空気感は、決して、目には、見えません。 しかし、空気感は、こうして、たった二丁の絹ごし豆腐の中にすら、確かに、封じ込められ、運ばれ、そして、お昼の食卓で、家族が、容器の蓋を開ける、その瞬間に、再び、ふわり、と、立ち上がる。
——これこそが、最も静かで、最も深い、「空気感の影響力」でした。
そして、この影響力こそが、看板にも、値札にも、決して書かれることのない、町外れの小さな豆腐屋という店の、最も深い、最も静かな、「透明な資産」だったのだと——。
私は、五月の朝の、緑の若葉が薫る町外れの路地の中で、ようやく、気づいたのです。
——勝田耕司












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