五月の下旬に入り、街路樹の若葉が深い緑から、少しずつ濃い夏の色へと移り変わり始めた、ある火曜日の朝、午前九時十分のこと。
私はその日、午前十時から、あるクライアントの本社で、四半期に一度の経営会議に出席する予定がありました。
会議の場所は、東京駅から徒歩で十分ほどの本社ビル。
しかし、新幹線で関西から戻ってきたばかりの私は、東京駅の改札を抜けたちょうどそのとき、ふと、自分の足元に視線を落としたのです。
——靴の踵が、少し、疲れている。
それまでの三日間、関西の取引先を四件回ってきた靴は、よく見れば、踵の革にわずかにシワが寄り、つま先の光沢も、ほんのわずかにくすんでいました。
会議は、まだ五十分ほど先。
私は、東京駅の構内を、人の流れに逆らうようにゆっくりと歩きながら、ある一軒の小さな靴磨きスタンドが、いつもの場所に、今朝も確かに開いているかどうかを、確かめに行きました。
東京駅の地下通路の、ちょうど人の流れがふと途切れる踊り場の脇。
そこに、もうおそらくは半世紀以上、毎朝同じ時刻に開かれ続けてきたであろう、ある小さな靴磨きスタンドが、その朝も、変わらず、佇んでいました。
スタンドは、ほんの一畳半ほどの広さでした。
低い背もたれのある革張りの椅子が、二脚。
お客様の足を載せるための、磨き込まれた真鍮の足台が、椅子の前に、ぴたりと寸分違わず据え付けられていました。
椅子の脇には、白い前掛けに、黒い蝶ネクタイを締めた、白髪の老紳士の職人が、片方の手に布巾を握り、もう片方の手で、ご自分の作業道具を、もう一度整えているところでした。
年齢は、おそらくもう七十代の半ば。
その日のスタンドの最初のお客様は、まだ来ていないようでした。
私はゆっくりと職人のほうへ歩み寄り、軽く一礼をしました。
「お早うございます。お時間、よろしいでしょうか」
職人は、布巾を脇に置き、両手の指先を白い前掛けで軽く拭い、私のほうを見て、深く頷きました。
「ええ、どうぞ。お掛けくださいませ」
声の音量は決して強くありませんでした。
むしろ東京駅の地下通路を行き交う、足早の通勤客たちの足音の合間を、わずかにも乱さない、絶妙な響き。
私は革張りの椅子にゆっくりと腰を下ろし、真鍮の足台の上に、右足の靴を、そっと載せました。
そしてその瞬間、私は職人の作業台の上を、ふと見やりました。
そしてその瞬間に、私は息を、深く飲んだのです。
——作業台の上に並べられた、靴磨き道具の、その整然たる並び方。
作業台の左半分には、靴磨き用のブラシが、五本。
豚毛の柔らかい馬鈴薯色の埃落としブラシ。 山羊毛の白い艶出しブラシ。 そしてコードバン用の、黒、こげ茶、淡い茶、深い臙脂——四色のクリーム塗布用のブラシ。
それぞれが、毛の質感も、毛の長さも、そして、毛先のすり減り具合も、まったく違いながら、しかし見事なまでに、寸分違わず、ぴたりと揃った間隔で、整然と横に並べられていたのです。
そして作業台の右半分には、ワックスの小さな缶が、これまた色違いで、七、八種類。缶の蓋はすべて、わずかに開かれた状態で、これから使われる順番通りに、奥から手前へと、寸分違わぬ間隔で、並べられていたのです。
これはただの「整理整頓」ではありませんでした。
これは、職人が、お客様の靴を見て、その靴の革の色と、その革の傷み具合と、そして、その靴を履く方のその日の予定とを、瞬時に見極めて、最適なブラシと最適なクリームの組み合わせを、迷いなく引き寄せられるように設計された、ある「指先の動線」そのものだったのです。
——五本のブラシと、八つのワックスの、その並び方の慎ましさ。
これこそが、私の名づける「光沢の規律」でした。
そして職人は、私の右足の靴を、ご自分の左手の指先でそっと支えながら、まず、靴の表面全体を、馬鈴薯色の豚毛の埃落としブラシで、ほんの数秒の間、撫でるように、丁寧に払いました。
その払い方は、決して、ばっさり、と力任せのものではありませんでした。
むしろ、靴の表面に、目には見えない繊細な埃の粒子が、確かに、何百、何千と付着していることを、職人の指先は、確かに知っていたのです。
そして、その埃の粒子を、ひとつ、ひとつ、優しく、しかし確かに、靴の表面から舞い上げて、空気の中へ解き放っていく。
——靴の埃を、決して、靴の中に押し込まない。
そう感じた瞬間、私の身体の中で、ある懐かしい感覚が、ふっと蘇りました。
そう、私の父は、私がまだ社会人になりたての頃。
家の玄関先で、毎晩、一日履いた革靴の表面を、ほんの一分ほど、布巾でふわりと撫でるように拭ってから、靴箱の中に戻していたのです。
「靴の埃は、ね、家の中まで、連れて入っちゃ、いけないんだよ」
と、ある夕暮れに、父はぽつりとそう、私に教えてくれたことがありました。
二十数年前の父のその夕暮れの、ほんのひとことの教えが、今朝、東京駅の地下通路の片隅の、ある一人の職人の指先のブラシの動きの中に、寸分違わず、確かに宿っていたのです。
そして職人は続いて、靴の踵のあたりに、ほんの少量の黒いクリームを、両手の指先で、まるで赤ん坊の頬を撫でるかのような優しさで、ふわりと塗り込んでいきました。
そして最後に、艶出しの白い山羊毛のブラシを、両手で軽く握り、靴の表面全体を、寸分違わぬリズムで、ふわり、ふわり、と磨いていったのです。
シュッ、シュッ、シュッ。
そのリズムは決して、機械的なものではありませんでした。
むしろ、職人が、長年の年月の中で、ご自身の身体の中に、確かに刻み込んできた、ある「靴を起こす、ひとつの音楽」だったのです。
——靴磨きの音にも、規律が、宿る。
ふと、私は、自分の呼吸がいつのまにか、その職人のブラシのリズムと、ぴたりと同じ間隔で、刻まれ始めていることに気づきました。
そして、ものの五分ほど。
私の右足の靴は、東京駅の改札を抜けたときとは、明らかに違う、深く、しかし慎ましい光沢を、放ち始めていたのです。
しかし、職人の所作は、まだ終わっていませんでした。
職人はもう一度、靴の表面全体を、白い柔らかな布巾で、ほんの一往復だけ、優しく撫でました。
そして、私の足を、真鍮の足台からそっと下ろさせる前に、こう、低く、付け加えてくれたのです。
「では、左足も、お願いいたします」
私はゆっくりと、左足の靴を、足台に載せ替えました。
職人はまったく同じ所作を、左足の靴にも、寸分違わず繰り返してくれました。
そしてすべてが終わり、私が両足を真鍮の足台から、ゆっくりと床に下ろし、革張りの椅子から立ち上がろうとしたとき。
職人は、ご自分の作業台の上の、最後の所作に、私の目を、釘付けにしたのです。
——職人は、五本のブラシと、八つのワックスを、再び、寸分違わぬ間隔と、寸分違わぬ順番で、ぴたりと、元の位置に、戻し直したのです。
そして椅子の脇の白い布巾を、もう一度、丁寧に畳み直しました。
そうして職人はゆっくりと顔を上げ、私のほうを見て、目をわずかに伏せたまま、ほんの一センチほど、軽く、頭を下げ、こう呟いたのです。
「本日も、よい一日に、なりますように」
——「行ってらっしゃいませ」では、ありませんでした。 ——「ありがとうございました」でも、ありませんでした。
「本日も、よい一日に、なりますように」——。
このひとことの中に、職人は、私がこれからこの東京駅の地下通路を抜け、改札を出て、おそらくはある大切な会議か、ある大切な人との約束へと向かっていくであろう、ということを、確かに見抜いていたのです。
そして、その会議か、その約束の場で、私が両足の靴の踵を、ぐっと、しっかりと踏みしめながら、自分自身を、確かに立てていくことができるように——、職人は、その日の私の「これからの一日」そのものに、深く、深く、敬意を込めていてくれていたのです。
——これが、「踏み出す一日への礼節」でした。
毎日、何十人もの通勤客の靴を磨いている職人。
それは彼にとって、何千回、何万回と繰り返してきた、極めて日常的な所作のはずです。
しかしその何万回目の所作を、まるで「初めての、たった一人のお客様の、たった一日」のように、その靴を履いて、これから歩み出すであろうお客様の、その日の一歩、一歩への深い敬意を、無言のうちに、白い山羊毛のブラシの最後のひと撫での中に込めて、お渡しする。
そしてこの所作とひとことの言葉とが、その朝、関西から戻ってきたばかりの、わずかに疲れた一人の通勤客の身体の中に、何か、確かな、しっかりとした、踏み出しの覚悟を、染み込ませてくれていたのです。
私は職人に深く頭を下げ、お代を支払い、靴磨きスタンドを、後にしました。
東京駅の地下通路は、すでに朝の人の流れが、いちばん多い時間帯に入っていました。
しかし、私の両足の靴の踵は、磨いていただく前よりも、ほんのわずか、しかし確かに、しっかりとした歩幅を、刻み始めていたのです。
——磨かれたのは、靴の表面の光沢、ではありませんでした。 ——磨かれたのは、これから歩み出す、私の、一日そのものの、内側の輪郭でした。
vibes は、目には見えません。
しかし vibes は、こうして、たった一足の靴の磨き上げの中にすら、職人の何十年もの所作の重みとともに、確かに織り込まれ、これから踏み出す一人のお客様の、一歩、一歩の足取りの中に、ふわりと立ち上がる。
——空気は、人の歩幅を、ほんのわずか、深く、整え直してしまう。
それこそが、看板にも、料金表にも、決して書かれることのない、東京駅の地下通路の小さな靴磨きスタンドという場の、最も深い、最も静かな「透明な資産」だったのだ——。
私は、両足の踵をしっかりと踏みしめながら、改札を抜けて、五月の下旬の、もうすぐ夏の気配を含み始めた、街の朝の光の中へと、足を踏み出したのです。
そしてその朝の光の中で、ようやく、気づいたのです。
——勝田耕司












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