五月の下旬のある金曜日の朝、午前十時十五分のこと。
陽差しがもう、初夏というよりは夏の入り口の気配を含み、街路樹の若葉が、その深い緑をいっぱいに広げ、街全体に、ふわりと、しかし確かに濃い色の影を落とし始めた、ちょうどその時刻。
私はその朝、午前十時に、ある一つの大切な「お預け物」を、取りに行く約束をしていました。
——三週間ほど前、私が長年使ってきた、自分の名前の彫られた、ある一本の印鑑を、新しく作り直すために、町外れの老舗の印章店に、預けてきていたのです。
その印鑑は、私が、株式会社を設立したばかりの、もう十五年以上前に、ある古い印章店で、最初にお願いして、彫っていただいた、私の「代表印」でした。
それから十五年。
その印鑑は、私が、何百、何千、いや、もしかすると一万を超えるであろう、契約書と、念書と、辞令と、そして領収書の上に、確かに、その朱の印影を、押し続けてきました。
しかしある朝、ふと、新しい契約書の上に押した印影を、よくよく見つめてみると——、私の名の四画目の縦の線の、ちょうど下の終わりのあたりが、ほんのわずか、しかし確かに、輪郭が、欠け始めていることに、気がついたのです。
——もう、十五年。
私のこの印鑑も、もうそろそろ、その役目を、終えようとしているのかもしれない。
そう、私はその朝、ぽつりと感じていました。
そしてその夕方、ふと、思い出したのです。
母から、何度か聞いたことのあった、町外れのある一軒の、印章店のことを。
母は、若い頃、ご自分の友人の結婚祝いに、その店で、ご友人のお名前の入った、印鑑を、お願いされたことが、あったそうです。
「あの店のね、おじいさんが、ひと文字、ひと文字を、まるで、生きているお名前を、彫り起こすかのように、彫られるのよ」
母は、ある夕食のあと、湯呑みを両手で包み込みながら、そう、私に教えてくださったことが、ありました。
私はその夜、何かに導かれるように、商店街のいちばん奥にある、その小さな印章店を、訪ねたのでした。
そして、私の十五年使い込んだ印鑑を、桐の小箱に納めて、店主に深く頭を下げ、「この印を、もう一度、もう一本、新しい木で、彫り直していただけませんでしょうか」と、お願いをしたのです。
店主は深く頷き、ご自分の作業机のいちばん奥の、桐の引き出しの中に、その小さな桐の箱を、両手でゆっくりと納めてくださいました。
「では、三週間ほど、お時間を頂戴いたします」
そう、店主は低い声でお答えくださいました。
そしてその日から、三週間が経っていたのです。
商店街の路地の奥、まだ初夏の風がふわりと吹き抜けるその先。
私は、磨き込まれた木の引き戸の上に、深い紺色の地に白く「印章」とたった二文字、染め抜かれた、年代物の暖簾が、初夏の風にふわりと揺れている、ある一軒の店の前に、立っていました。
開業から優に七十年は超えているのでしょう。
私は引き戸の取手にそっと手をかけました。
引き戸が、長年使い込まれた木の、低く澄んだ音を立てて、ゆっくりと横へ滑った瞬間。
私を包み込んだのは、初夏の路地の若葉の薫りとは、まったく種類の違う、深く、ひんやりと、しかし、決して冷たくはない、ある——朱肉のわずかに甘い金属の匂いと、新しい木の柘植の、清浄な木屑の香りと、そして長年、何千、何万もの誰かの名前を、刀で彫り起こしてきた、その「彫り場」そのものの、わずかに乾いた紙の匂いとが、ひとつに溶け合った、芳醇で、しかし極めて静謐な、ひとつの「名前の場」そのものでした。
そこに漂っていたものは、もはや、ただの「印章店の匂い」ではありませんでした。
それは、何千、何万という、見ず知らずの他人の名前が、この店の中で、ひと文字、ひと文字、慎ましく、しかし確かに、彫り起こされ、それぞれの持ち主の手のひらに、お預けされてきた、その「無数の人の名前の重み」そのものの気配だったのです。
そこには、ある一人のお客様の、ご自分の名前そのものを、たった一本の小さな印鑑の中に、確かに刻み込み、お預かりするための、極めて謙虚で、しかし揺るぎない「規律」が、確かに朱肉とともに息づいていたのです。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
奥の小さな作業机の前で、白いシャツに深い紺色のたっつけ袴を締め、頭に白い手拭いを巻いた、白髪の店主が、頭の上にルーペを上げたまま、私のほうを見て、深く頭を下げてくださいました。
年齢はおそらく、もう七十代の後半。
声の音量は決して強くありませんでした。
むしろ店内に漂う、静謐な紙と木屑の気配を、わずかにも乱さない、絶妙な響き。
そして店主は、両手の指先の木屑を、白い前掛けで軽く拭ったあと、机の奥の桐の引き出しから、私が三週間前に預けた、ある一つの小さな桐の箱を、両手で低く、捧げ持つようにして、机の手前まで、運んできてくださいました。
そしてその瞬間、私は店主の作業机の上を、ふと、見やりました。
そしてその瞬間に、私は息を、深く飲んだのです。
——作業机の上に並べられた、彫刻刀の、その整然たる並び方。
机の右半分には、印章彫刻専用の、小さな刀が、合計、十五本。
それぞれが、刃の太さも、刃の角度も、まったく違いながら、しかし見事なまでに、寸分違わず、ぴたりと揃った間隔で、木製の小さな台の上に、整然と並べられていたのです。
そして机の左半分には、これまた何種類もの、印章の素材の柘植の小さな丸い柱が、合計七、八本、これまた寸分違わず、ぴたりと揃った間隔で、横に並べられていました。
これはただの「道具の整頓」ではありませんでした。
これは、店主が、お客様の名前の中の、ある一画の太さや、ある一字の角度や、ある一文字の払いの優しさを、瞬時に見極めて、最適な刀と最適な木材の組み合わせを、迷いなく引き寄せられるように、設計された、ある「指先の動線」そのものだったのです。
——十五本の刀と、八本の柘植の、その並び方の慎ましさ。
これこそが、私の名づける「字画の規律」でした。
そして店主は、ゆっくりと、ご自分の作業机の手前の私の前で、桐の箱の蓋を、両手で、ふわりと、開かれたのです。
その蓋の開け方は、まるで、生まれたばかりの命の産着を、ほどくかのような、深い、深い慎ましさを、宿していました。
桐の箱の中には、深い赤の絹のふくさの上に、私が三週間前にお預けした、十五年使い込んだ古い印鑑と、そしてその隣に、新しい柘植の、まだ朱肉の触れたことのない、生まれたばかりの、もう一本の印鑑が、寄り添うように、横たわっていたのです。
——古い印鑑と、新しい印鑑が、桐の箱の中で、向き合っている。
これは、ただの「商品の納品」ではありませんでした。
これは、十五年、私と一緒に、数万の書類の上を旅してきた、一本の古い印鑑が、その役目を、新しい、もう一本の印鑑に、確かに引き継ぐための、ささやかな、しかし深い、儀式の場だったのです。
店主は、ご自分の指先で、新しい印鑑を、両手で低く、捧げ持ち、机の上の、白い和紙の上に、その印鑑の判面を、ふわりと押し当てました。
そしてその判面に、わずかな朱肉を、優しく塗り、もう一度、別の白い和紙の上に、ふわりと、印影を、押し起こされたのです。
——その瞬間、私の名が、新しい木の中から、確かに、立ち上がってきた。
私は、その新しい印影を、しばらくの間、ただ、見つめていました。
そしてそこに、私は、息を、深く飲んだのです。
——四画目の縦の線の、ちょうど下の終わりのあたりが、ほんのわずか、しかし確かに、十五年前の、最初の印影の、ちょうど同じ角度で、すうっと、立ち上がっていた。
店主はおそらく、私が押した十五年前の最初の印影を、何百枚もの古い書類の中から、確かに、探し出してくださったのでしょう。
そして、その十五年前の、私のたった一画の癖と、たった一文字の払いの角度とを、新しい印鑑の中に、寸分違わず、刻み起こしてくださっていたのです。
——同じ私の名前の、しかし、十五年若い私の癖が、新しい木の中に、再び、宿る。
そして店主は、私のほうを見て、目をわずかに伏せたまま、こう、低く、付け加えてくれました。
「お古い印は、ご隠居といたしました。ですが、これからの十五年、もう一度、お名前を、よろしくお願いいたします」
——「お古い印は、ご破棄いたしました」では、ありませんでした。 ——「もう一本、お作りいたしました」でも、ありませんでした。
「お古い印は、ご隠居といたしました。これからの十五年、もう一度、お名前を、よろしくお願いいたします」——。
このひとことの中に、店主は、十五年もの間、私の名前を、確かに支え続けてきてくれた、ある一本の小さな古い印鑑そのものに対して、深い、深い、敬意を込めていてくださったのです。
そして、その役目を、優しく、丁寧に、新しい一本に引き継いだ、その「世代交代」そのものに対しても、深い敬意を、込めていてくださったのです。
——これが、「名を刻むことへの礼節」でした。
毎日、何本もの印鑑を、お客様にお渡ししている店主。
それは彼にとって、何千回、何万回と繰り返してきた、極めて日常的な所作のはずです。
しかしその何万回目の所作を、まるで「初めての、たった一つの名前」のように、その印鑑が、これから捺されるであろう書類の、そのひとつ、ひとつへの深い敬意を、無言のうちに、たった一回の試し押しの中に込めて、お渡しする。
そしてこの所作とひとことの言葉とが、十五年、自分の名を支え続けてくれた一本の小さな印鑑の役目を、自分なりに引き継ごうとしていた一人の経営者の身体の中に、何か、確かな、深い、これからの十五年への、新しい覚悟を、染み込ませてくれていたのです。
私は、両手で桐の小箱を、低く捧げ持ち、店主に深く頭を下げ、お代をお支払いいたしました。
そして引き戸を、ゆっくりと引いて、五月の下旬の、もうすぐ夏の気配を含み始めた、初夏の路地の中に、再び戻った、その瞬間——。
私の手の中の桐の小箱の中には、二本の印鑑が、桐のふくさの上で、静かに、互いを、向き合わせ、寄り添うようにして、横たわっていました。
——一本は、十五年、私と一緒に、旅をしてきた、古い印鑑。 ——そしてもう一本は、これから先の十五年、私と一緒に、旅をしてくれるであろう、まだ朱肉の濡れたばかりの、新しい印鑑。
——印章店とは、ただ、印鑑を彫り、お渡しする場所ではない。 ——印章店とは、ある一人のお客様の、過去の歳月を支え続けてくれた、ある一本の小さな印鑑の役目を、新しい一本に、確かに、引き継いでくれる場所だったのです。
vibes は、目には見えません。
しかし vibes は、こうして、たった一本の新しい印鑑の中にすら、店主の何十年もの彫り起こしの所作の重みとともに、確かに織り込まれ、お客様の机の上まで運ばれ、そして明日の朝、最初の契約書の上に、ふわりと、押し起こされる、その瞬間に、再び立ち上がる。
——空気は、人と、その人の名前との関係そのものを、優しく、丁寧に、引き継ぎ直してくれてしまう。
それこそが、看板にも、値札にも、決して書かれることのない、商店街の路地の奥の老舗の印章店という店の、最も深い、最も静かな「透明な資産」だったのだ——。
私は、桐の小箱を、両手で低く捧げ持ったまま、五月の下旬の、もうすぐ夏の気配を含み始めた、初夏の路地の中で、ようやく気づいたのです。
——勝田耕司












この記事へのコメントはありません。