透明資産を見つけよう

【透明資産を見つけよう】五月の昼下がり、町の老舗の仕立屋。床に伸びる「採寸の規律」と、上着を着せかける所作という名の「娘を送る父への礼節」

五月の下旬のある金曜日の昼下がり、午後三時のこと。

陽差しがもう、夏のはじまりの強さを、街全体に、ふわりと、しかし確かに注ぎ始めた、ちょうどその時刻。

私は、午後のアポイントを少し早めに切り上げ、いつもの大通りから二本だけ路地のほうへと外れた、古い住宅街の一角を、歩いていました。

——その日、私が向かっていたのは、来月の十五日の、娘の結婚式で、私自身が着る、一着の礼服を、仕立てていただくためでした。

来月、娘が、結婚式を挙げます。

そしてその式で、私は、花嫁の父として、娘の腕を、そっと取り、ある一本の道を、娘と二人で、ゆっくりと歩くことに、なっていました。

私には、もう何年も前に、ある先輩のお祝いの席のために誂えた、礼服が、一着、簞笥の奥にありました。

しかしその礼服を、先週、ふと、簞笥から取り出して、袖を通してみたとき——、私はある事実に、気がついたのです。

——肩の幅が、合わなくなっている。

正確に言えば、私の身体の、肩から背中にかけての線が、その礼服を誂えた、もう十年以上も前の、私の身体の線とは、明らかに、変わっていたのです。

長年、デスクワークと、出張の移動とを、繰り返してきた私の背中は、いつのまにか、ほんのわずか、しかし確かに、前のほうへと、丸まり始めていたのでした。

——娘を送り出す日に、私は、背筋の曲がった礼服姿で、娘の隣を、歩くわけにはいかない。

そう、私はその夜、心に決めたのです。

そしてその翌週、私はもう何年も前から、その存在だけは知っていた、町外れのある一軒の老舗の仕立屋へと、自然に足を向けていたのです。

商店街の路地の、ちょうど真ん中あたり。

私は、磨き込まれた木の引き戸の上に、深い茶色の地に白く「洋服仕立」と染め抜かれた、年代物の小さな日除けが、初夏のやわらかな風にふわりと揺れている、ある一軒の店の前に、立っていました。

開業から優に六十年は超えているのでしょう。

私は引き戸の取手にそっと手をかけました。

引き戸が、長年使い込まれた木の、低く澄んだ音を立てて、ゆっくりと横へ滑った瞬間。

私を包み込んだのは、初夏の路地の若葉の薫りとは、まったく種類の違う、深く、乾いて、しかし、決して冷たくはない、ある——上質な毛織物の、わずかに温かい匂いと、アイロンの蒸気の、かすかに張りつめた匂いと、そして、長年、何千、何万という生地が、職人の鋏と、針と、アイロンの上を行き来してきた、その「仕立ての場」そのものの、落ち着いた木の匂いとが、ひとつに溶け合った、芳醇で、しかし、極めて静謐な、ひとつの気配でした。

そこに漂っていたものは、もはや、ただの「仕立屋の匂い」ではありませんでした。

それは、何百、何千という、人生の晴れの日の礼服が、この店の中で、ひと針、ひと針、職人の指先によって、縫い起こされ、そしてそれぞれの持ち主の、人生のいちばん大切な一日へと、送り出されてきた、その「無数の晴れの日との出会い」そのものの気配だったのです。

そこには、ある一人の方が、人生のいちばん大切な一日に、その肩に、確かに纏うであろう、たった一着の礼服を、確かにお預かりするための、極めて謙虚で、しかし揺るぎない「規律」が、確かに、生地の繊維とともに、息づいていたのです。

「いらっしゃいませ」

店の奥の作業台の前で、白いシャツの襟元に、メジャーを首から下げ、紺色のベストを着た、白髪の店主が、両手の指先を白い布巾で軽く拭いながら、私のほうを見て、深く頭を下げてくれました。

年齢はおそらく、もう七十代の半ば。

声の音量は決して強くありませんでした。

むしろ、店内に漂う、深く落ち着いた毛織物と蒸気の気配を、わずかにも乱さない、絶妙な響き。

私は店内の中ほどに、ゆっくりと足を進めました。

そしてそこで、私は息を、深く飲んだのです。

——店の床の上に、引かれた、ある一本の白い線。

店の中央の、磨き込まれた檜の床の上には、お客様が、採寸のために立つための、ちょうど一畳ほどの広さの、白木の採寸台が、据え付けられていました。

そして、その採寸台の上には、ごく細い、しかし、確かに、白い一本の線が、ちょうど、台の真ん中を、まっすぐに、貫くように、引かれていたのです。

——お客様の、両足の、ちょうど真ん中を、揃えるための、線。

これはただの「目印」ではありませんでした。

これは、採寸のあいだ、お客様が、決して、無意識のうちに、身体を、左右どちらかに傾けてしまうことがないように——、そして、その方の、いちばん自然な、いちばん「その人らしい」立ち姿を、確かにすくい取れるように——、設計された、ある「立ち姿の規律」そのものだったのです。

——床の上の、たった一本の白い線にも、規律が宿る。

これこそが、私の名づける「採寸の規律」でした。

そして店主は、私のほうを見て、こう、低く、お尋ねくださいました。

「本日は、どのような、お席の、お召し物で、いらっしゃいますか」

私はゆっくりと、こうお答えしました。

「来月、娘が、結婚式を挙げます。その式で、花嫁の父として、着る礼服を、仕立てていただきたく、参りました。お恥ずかしい話ですが、以前の礼服が、もう、肩の線が、合わなくなっておりまして」

店主は、深く、頷きました。

そして店主は、こう、ひとことだけ、低く、お尋ねくださったのです。

「お嬢さまとは、当日、腕を、お組みになって、お歩きになりますか」

——私は、その問いに、一瞬、はっとしました。

「礼服の色は」でも、「ご予算は」でも、ないのです。

店主が、まず、いちばん最初にお尋ねくださったのは——、「私が、娘と、どのように歩くのか」ということだったのです。

私はゆっくりと、頷きました。

「はい。娘の腕を、そっと、取って、二人で、ゆっくりと歩く予定です」

店主は、深く、深く頷きました。

そして店主は、私を、店の中央の、白木の採寸台の上へと、両手で軽くご案内くださいました。

私は、採寸台の上の、白い一本の線の、ちょうど真上に、両足を、そっと揃えて、立ちました。

そしてここから先の、およそ十数分の間。

私はこれまで生きてきた中で、最も静かで、最も丁寧な「採寸の所作」を、目にすることになったのです。

店主は、首から下げたメジャーを、両手で、ゆっくりと取り上げました。

そして、私の肩から、背中、そして、腕の長さへと、メジャーを、滑らせていきました。

——その採寸の指先は、決して、急いではいませんでした。

むしろ、私の身体の、ひとつ、ひとつの線を、まるで、長年の友人の身体の輪郭を、確かめ直すかのような、深い、慎ましさをもって、ゆっくりと辿っていったのです。

そして店主は、私の肩のあたりで、メジャーを、ふと、止めました。

そしてこう、低く、お尋ねくださったのです。

「お客様は、ふだん、お仕事で、長く、机に、お向かいですか」

私はゆっくりと、頷きました。

「ええ。長年、デスクワークと、出張の移動ばかりで。気がつけば、背中が、少し、丸くなっておりました」

店主は、深く、頷きました。

そして店主は、こう、付け加えてくださったのです。

「では、当日、お嬢さまの腕を、お取りになるときに、ほんの少しだけ、肩の後ろが、楽に、開くように、お仕立ていたします。背筋を、無理に、伸ばそうとなさらなくても、自然に、いちばん、美しい立ち姿に、なられるように」

——その瞬間、私の中で、何かが、深く、静かに、満ちていきました。

これは、ただの「礼服の採寸」ではありません。

これは、店主が、私という、長年、背中を丸めて働いてきた、一人の父親が、来月の式の日に、娘の腕を取り、その背筋を、決して、無理に緊張させることなく、いちばん自然な、いちばん父親らしい立ち姿で、娘と歩けるように——、その「たった一日の、父親の姿」そのものを、確かにお支えしようとしてくださっていた、ということでした。

——これが、「娘を送る父への礼節」でした。

毎日、何人ものお客様の身体を、採寸し、礼服を仕立てている店主。

それは彼にとって、何千回、何万回と繰り返してきた、極めて日常的な所作のはずです。

しかしその何万回目の所作を、まるで「初めての、たった一日の、たった一人の父親の晴れ姿」のように、その礼服が、これから、どんな一日に、どんな歩き方で纏われるのかを、確かに見抜いた上で、その一日への深い敬意を、無言のうちに、肩の後ろの、わずかなゆとりの中に込めて、お仕立てする。

そしてこの所作とひとことの言葉とが、来月、娘を送り出すという、人生の大きな節目を、自分なりに引き受けようとしていた一人の父親の身体の中に、何か、確かな、温かい、そして、静かな覚悟を、染み込ませてくれていたのです。

採寸が、すべて、終わりました。

店主は、私に、見本の礼服の上着を、一着、着せかけて、立ち姿を、確かめてくださいました。

——上着を、私の背中に、ばさり、と羽織らせる、のではありませんでした。

店主は、上着の両肩を、両手で、低く支えながら、私の背中の、肩甲骨の、ちょうど、いちばん自然な位置へと、上着の肩を、ゆっくりと、ゆっくりと、寄り添わせていったのです。

そして、私の両肩が、確かに、上着の肩の重みを、受け止めた、その瞬間。

店主は、ようやく、ご自分の指先の力を、ゆっくりと、抜いていきました。

私は、店の奥の、三面鏡の前に、立ちました。

そして、その鏡の中に、私は、ある一人の男の姿を、見たのです。

——背筋が、無理なく、すっと、伸びていた。

それは、私が、自分の意思で、背筋を、緊張させて、伸ばしたのでは、ありませんでした。

ただ、店主が仕立てようとしてくださっている、その上着の、肩の後ろの、わずかなゆとりが、私の丸まった背中を、決して、咎めることなく、ただ、優しく、後ろから、支えてくれていたのです。

——その鏡の中の男は、確かに、来月、娘を、送り出すことのできる、一人の父親の姿を、していました。

私は、店主に、深く頭を下げ、採寸のお礼を申し上げ、引き戸をゆっくりと引いて、五月の下旬の、初夏の昼下がりの路地に、再び戻りました。

街路樹の若葉は、その日いちばんの濃い緑のまま、初夏の風に、ふわりと揺れていました。

しかし、私の背筋には、まだ、あの三面鏡の中で見た、無理のない、すっとした立ち姿の感覚が、確かに、残っていたのです。

——仕立屋とは、ただ、礼服を、縫い、お渡しする場所では、ない。 ——仕立屋とは、ある一人の方の、人生のいちばん大切な一日の、その「立ち姿」そのものを、肩の後ろの、わずかなゆとりの中に、確かに、お仕立てしてくれる場所だったのです。

vibes は、目には見えません。

しかし vibes は、こうして、たった一着の礼服の、肩の後ろの、わずかなゆとりの中にすら、店主の何十年もの所作の重みとともに、確かに織り込まれ、来月の、娘の結婚式の朝へと運ばれ、そして、私が、その礼服に、袖を通し、娘の腕を、そっと取る、その瞬間に、再びふわりと立ち上がるのでしょう。

——空気は、人の、いちばん大切な一日の、立ち姿そのものを、優しく、後ろから、支えてくれてしまう。

それこそが、看板にも、値札にも、決して書かれることのない、町外れの老舗の仕立屋という店の、最も深い、最も静かな「透明な資産」だったのだ——。

私は、来月、娘を送り出すための、その立ち姿を、まだ背筋に宿したまま、五月の下旬の、もうすぐ夏の気配を含み始めた、初夏の路地の中で、ようやく気づいたのです。

——勝田耕司

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