五月の下旬のある木曜日の夕暮れ、午後五時四十分のこと。
初夏の長くなった陽が、ようやく、街の西の空を、淡い橙色に染めはじめた、ちょうどその時刻。
私はその日の仕事を、少し早めに終え、いつもの大通りから二本だけ路地のほうへと外れた、古い住宅街の一角を、歩いていました。
——その夕暮れ、私がある一軒の眼鏡店を訪ねようと思い立ったのには、はっきりとした理由がありました。
その前の晩のことでした。
私は、家のリビングの戸棚の奥から、ずいぶんと古い、一冊の写真のアルバムを、取り出していました。
来月、娘が、家を出ます。
そして、その荷物の整理のために、妻が、押し入れや戸棚を、少しずつ片づけはじめていたのです。
その流れの中で、私はふと、娘がまだ幼かった頃の写真のアルバムを、手に取り、リビングの灯りの下で、ゆっくりとめくりはじめていたのでした。
——しかし、その夜、私はある事実に、気がついたのです。
幼い娘の顔が、よく、見えない。
正確に言えば、写真の中の、三歳ほどの娘の、その小さな笑顔の、目もとや、口もとの、細やかな表情が、リビングの灯りの下で、どうしても、はっきりとは、像を結んでくれないのでした。
私ははじめ、リビングの灯りが、少し暗いのだろう、と思いました。 次に、古い写真が、少し褪せているのだろう、と思いました。
しかし、アルバムを、灯りのほうへ、近づけても、遠ざけても、写真の中の幼い娘の顔は、どうしても、ある、わずかな、もやの向こうから、こちらを見ているように、しか、見えなかったのです。
——そして、私はようやく、認めたのでした。
これは、灯りのせいでも、写真のせいでも、ない。
私の、目のほうが、いつのまにか、ある、わずかな、もやを、宿しはじめていたのだ、と。
私が、いまの眼鏡を誂えたのは、もう、十二年も前のことでした。
その十二年のあいだ、私はただの一度も、その眼鏡を、見直そうとはしませんでした。
新聞の文字が、少し、読みにくくなっても。 携帯電話の画面を、少し、遠ざけて、見るようになっても。
私はそのたびに、ただ、無意識のうちに、自分のほうを、世界のほうの、ぼんやりとした像に、少しずつ、少しずつ、合わせ続けてきたのです。
——もう、十二年も、私は、世界の輪郭が、ゆっくりとぼやけていくことに、ただ、慣れ続けてきたのだ。
そう、私はその夜、写真のアルバムを、膝の上に置いたまま、静かに、気がついたのでした。
そしてその翌日の夕暮れ、私はもう何年も前から、その存在だけは知っていた、町外れのある一軒の老舗の眼鏡店へと、自然に足を向けていたのです。
商店街の路地の、ちょうど真ん中あたり。
私は、磨き込まれたガラスの引き戸の上に、深い紺色の地に白く「眼鏡」とたった二文字、記された、年代物の小さな看板が、初夏の夕暮れの風に、静かに佇んでいる、ある一軒の店の前に、立っていました。
開業から優に七十年は超えているのでしょう。
私は引き戸の取手にそっと手をかけました。
引き戸が、長年使い込まれた、低く澄んだ音を立てて、ゆっくりと横へ滑った瞬間。
私を包み込んだのは、初夏の夕暮れの路地の、わずかに乾いた風の中とは、まったく種類の違う、深く、静かで、しかし、決して冷たくはない、ある——磨き上げられたレンズの、ひんやりと清らかな気配と、金属のフレームの、かすかに精密な匂いと、そして、長年、何千、何万という方の「ものを見たい」という願いを、確かに受け止め続けてきた、その「視界をあずかる場」そのものの、落ち着いた木の匂いとが、ひとつに溶け合った、澄み切って、しかし、極めて穏やかな、ひとつの気配でした。
そこに漂っていたものは、もはや、ただの「眼鏡店の匂い」ではありませんでした。
それは、何千、何万という方が、この店の中で、ひとり、またひとりと、ぼやけはじめた世界の輪郭を、ふたたび、くっきりと取り戻していった、その「無数の、視界の回復」そのものの気配だったのです。
そこには、ある一人の方が、その日から、ふたたび、はっきりと見つめていくであろう、世界のすべての輪郭を、確かにお預かりするための、極めて謙虚で、しかし揺るぎない「規律」が、確かに、レンズの一枚、一枚に、息づいていたのです。
「いらっしゃいませ」
店の奥の、木製の検眼台の前で、白いシャツに、銀縁の眼鏡をかけ、紺色のベストを着た、白髪の店主が、両手の指先を白い布巾で軽く拭いながら、私のほうを見て、深く頭を下げてくれました。
年齢はおそらく、もう七十代の半ば。
声の音量は決して強くありませんでした。
むしろ、店内に漂う、深く澄み切ったレンズの気配を、わずかにも乱さない、絶妙な響き。
私は店内の中ほどに、ゆっくりと足を進めました。
そしてそこで、私は息を、深く飲んだのです。
——壁一面の、木の棚に並べられた、何百もの試験用のレンズの、その整然たる並び方。
店の壁の左半分には、検眼のための、無数の丸い試験用レンズが、黒い小さな枠に、一枚、一枚、収められ、木の棚の中に、整然と並べられていました。
そして、その何百枚ものレンズの、それぞれの度数を記した、小さな数字の札が、すべて、寸分違わず、同じ高さで、同じ向きで、こちらを向いて、揃えられていたのです。
——何百枚ものレンズが、互いの度数を、決して、競わない。
それぞれのレンズは、ただ、ある、たった一人の、ある特定の見え方をした方の、たった一つの視界のためだけに、静かに、出番を待っている。
これこそが、私の名づける「視軸の規律」でした。
そして店主は、私のほうを見て、こう、低く、お尋ねくださいました。
「本日は、どのように、なさいましたか」
私はゆっくりと、こうお答えしました。
「十二年ほど前に、こちらではない店で誂えた眼鏡を、ずっと使ってまいりました。しかし、先日、古い写真を見ていて、どうしても、写真の中の像が、はっきりと見えないことに、気がつきまして」
店主は、深く、頷きました。
そして店主は、こう、ひとことだけ、低く、お尋ねくださったのです。
「その写真は、どなたが、写っていらっしゃる、お写真でしたか」
——私は、その問いに、一瞬、はっとしました。
「どんな写真でしたか」でも、「いつ頃の写真でしたか」でも、ないのです。
店主が、まず、いちばん最初にお尋ねくださったのは——、私が、いったい、「誰を」、はっきりと見たいのか、ということだったのです。
私はゆっくりと、お答えしました。
「来月、嫁ぐ、娘の……、まだ三歳ほどの頃の、写真でした」
店主は、深く、深く、頷きました。
そして店主は、私を、店の奥の、木製の検眼台の前へと、両手で軽くご案内くださいました。
そしてここから先の、およそ二十分の間。
私はこれまで生きてきた中で、最も静かで、最も丁寧な「視界を、検める所作」を、目にすることになったのです。
店主はまず、私の、いまの眼鏡を、両手で、そっとお預かりしました。
そして、その眼鏡のレンズを、灯りにかざし、長年の、こまかな擦り傷の一筋、一筋までを、ゆっくりと検めていったのです。
そして店主は、こう、低く、お伝えくださいました。
「このレンズは、たいへん、大切に、お使いでございました。十二年、ほとんど、ぶつけたり、落としたりなさった跡が、ございません。よほど、ていねいに、お暮らしの方なのだと、レンズが、教えてくれます」
——その瞬間、私の中で、何かが、静かに、ほどけていきました。
私は、自分の眼鏡を、ていねいに扱っているなどと、これまで、ただの一度も、思ったことが、ありませんでした。
ただ、十二年、ぶつけないように、落とさないように、と、無意識のうちに続けてきた、ささやかな所作の、その積み重ねを——、店主は、たった一枚のレンズの、擦り傷の少なさの中から、確かに読み取ってくださったのです。
そして店主は、私を、検眼台の椅子に座らせ、私の目の前に、黒い、大きな、試験用の枠を、そっとかけてくださいました。
そして、壁の棚から、レンズを、一枚、また一枚と、その枠に、はめかえながら、こう、静かに、お尋ねくださったのです。
「いま、いちばん、見たい、と、お思いになる、距離は、どのあたりでございますか。新聞でも、景色でもなく——、お客様が、ご自分の手で、持って、見つめたいものは、どのあたりに、ございますか」
私は、その問いに、ゆっくりと、答えました。
「……膝の上に、アルバムを、開いて、見るくらいの、距離です」
店主は、深く、頷きました。
そして店主は、その「膝の上のアルバムの距離」に、ぴたりと、像が結ばれるように——、レンズを、ほんの、わずかずつ、繰り返し、繰り返し、調整していってくださったのです。
そして、ある一枚のレンズが、私の目の前の枠に、はまった、その瞬間。
——店の奥の、壁にかけられた、古い柱時計の、文字盤の、こまかな数字の一つ、一つが、すうっと、くっきりと、像を結びました。
私は、思わず、息を、飲みました。
十二年ものあいだ、私が、ゆっくりと慣れ続けてきた、世界の、わずかな、もや。
その、もやの、向こう側に、ずっと、こんなにも、くっきりとした、こまやかな世界が、私を、静かに、待っていたのです。
そして、新しいレンズが決まり、店主は、私の、いまのフレームに、その新しいレンズを入れ替える前に——、まず、フレームそのものを、両手で、そっとお預かりしました。
店主は、小さな、専用の道具で、フレームの、つるの部分を、ほんの少し温めました。
そして、温めて、やわらかくなった、つるを、私の、両の耳の、つけ根の、ちょうど、いちばん自然な曲がり具合に、ゆっくりと、ゆっくりと、沿わせていったのです。
——つるを、ただ、締めたり、緩めたり、するのでは、ありませんでした。
私の、右の耳と、左の耳の、ほんの、わずかに違う、その、つけ根の形そのものに——、十二年、私の顔を支え続けてきた、そのフレームを、もう一度、新しく、寄り添わせ直してくださっていたのです。
そして、フレームを、私の顔に、かけ直し、店主は、目をわずかに伏せたまま、ほんの一センチほど、軽く頭を下げ、こう、低く、付け加えてくださったのです。
「これで、お嬢さまの、幼い日の、お顔が、はっきりと、ご覧になれます。どうぞ、ゆっくりと、ご覧くださいませ」
——「新しいレンズで、よく見えます」では、ありませんでした。 ——「度数が、合いました」でも、ありませんでした。
「これで、お嬢さまの、幼い日の、お顔が、はっきりと、ご覧になれます」——。
このひとことの中に、店主は、私が、ほんとうに見たかったもの——、一枚のレンズの、度数や、視力の数値などではなく、ただ、来月、嫁いでいく娘の、もう二度と戻らない、幼い日の、その小さな笑顔——、その「たった一つの、見たかった像」そのものに、深い、深い、敬意を、込めていてくださっていたのです。
——これが、「見たいものがある人への礼節」でした。
毎日、何人もの方の、視界を、検め、レンズを合わせている店主。
それは彼にとって、何千回、何万回と繰り返してきた、極めて日常的な所作のはずです。
しかしその何万回目の所作を、まるで「初めての、たった一人の、たった一つの、見たい像」のように、その方が、ほんとうは、いったい、何を、誰を、もう一度、はっきりと見つめたいのかを、確かに聞き取った上で、その願いへの深い敬意を、無言のうちに、つるの、わずかな曲がり具合の中に込めて、お渡しする。
そしてこの所作とひとことの言葉とが、十二年ものあいだ、世界の、ゆっくりとした、ぼやけに、ただ慣れ続けてきた一人の男の身体の中に、何か、確かな、澄んだ、新しい視界を、染み込ませてくれていたのです。
私は、店主に、深く頭を下げ、引き戸をゆっくりと引いて、五月の下旬の、初夏の夕暮れの路地に、再び戻りました。
——その瞬間、私は、思わず、足を止めました。
西の空の、淡い橙色の夕焼けの、その、一つ、一つの雲の、こまやかな輪郭が——、十二年ぶりに、くっきりと、私の目に、像を結んでいたのです。
街路樹の若葉の、一枚、一枚の、葉脈までもが、初夏の夕暮れの光の中で、すうっと、はっきりと見えました。
——眼鏡店とは、ただ、レンズを合わせ、眼鏡を売る場所では、ない。 ——眼鏡店とは、ある一人の方が、いつのまにか、慣れてしまっていた、世界の、ゆっくりとした、ぼやけの、その向こう側に、ずっと待っていた、こまやかで、いとおしい世界を、もう一度、その方の手にお返ししてくれる場所だったのです。
vibes は、目には見えません。
しかし vibes は、こうして、たった一枚のレンズの、わずかな度数の中にすら、店主の何十年もの所作の重みとともに、確かに織り込まれ、その夜、私が、ふたたび、膝の上に、古いアルバムを開く、その瞬間に、幼い娘の、その小さな笑顔とともに、ふわりと立ち上がるのでしょう。
——空気は、人が、いつのまにか、見ることをあきらめかけていた、いちばん、いとおしいものの輪郭さえも、もう一度、くっきりと取り戻してくれてしまう。
それこそが、看板にも、値札にも、決して書かれることのない、町外れの老舗の眼鏡店という店の、最も深い、最も静かな「透明な資産」だったのだ——。
私は、十二年ぶりに、くっきりと像を結ぶ、初夏の夕暮れの空を見上げながら、五月の下旬の、もうすぐ夏の気配を含み始めた、その澄んだ路地の中で、ようやく気づいたのです。
——勝田耕司













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