五月の下旬のある火曜日の朝、午前九時二十分のこと。
初夏のやわらかな朝の光が、街路樹の若葉を、一枚、一枚、すきとおるように明るませはじめた、ちょうどその時刻。
私は、午前中の打ち合わせまでの、ぽっかりと空いた一時間ほどを抱えながら、いつもの大通りから二本だけ路地のほうへと外れた、古い住宅街の一角を、歩いていました。
——その朝、私がある一軒の漬物屋を訪ねようと思い立ったのには、はっきりとした理由がありました。
その数日前の、ある夜の、夕食の席でのことでした。
来月、娘が、嫁ぎます。
そしてその夜、食卓には、妻の手による、いくつかの小さな鉢が、並んでいました。
その中に、きゅうりと、茄子と、人参の、糠漬けの鉢が、ありました。
娘は、その糠漬けを、ひとつ、口に運び、しばらく、ゆっくりと味わったあと、ふと、こう言ったのです。
「……わたし、お母さんの、この糠漬けが、いちばん、好きだったな」
そして、娘はこう続けました。
「ねえ、お母さん。お嫁に行く前に、糠床の、手入れの仕方、教えてくれない? わたしも、新しい家で、糠床を、はじめてみたいの」
私はその夜、隣で、その親子の会話を、ただ、静かに聞いていました。
そしてふと、私はある一つの事実に、思い当たったのです。
——妻は、いったい、何年、あの糠床を、続けてきたのだろう。
私たちが結婚したのは、三十一年前のことでした。
そして、私の記憶をたどるかぎり、あの台所の隅の、小さな琺瑯の容器の中の糠床は、私たちの新婚の、いちばん最初の朝から、ずっと、そこにあったのです。
——三十一年。
三十一年ものあいだ、妻は、毎朝、あるいは毎晩、私がまだ眠っているあいだに、あるいは、私が新聞を読んでいるあいだに、ただの一度も欠かすことなく、あの糠床に、片手を差し入れ、ゆっくりと、ひと混ぜしてきたのです。
私は、その三十一年分の、妻の、たった一度も欠かさなかった「ひと混ぜ」のことを、その夜まで、ただの一度も、考えたことがありませんでした。
——私は、明日の朝、糠床というものを、見に行こう。
そう、私はその夜、心に決めたのです。
そしてその翌々日の朝、私はもう何年も前から、その存在だけは知っていた、町外れのある一軒の老舗の漬物屋へと、自然に足を向けていたのです。
商店街の路地の、ちょうど突き当たり。
私は、磨き込まれた木の引き戸の上に、藍染めの地に白く「漬物」とたった二文字、染め抜かれた、年代物の暖簾が、初夏のやわらかな朝の風にふわりと揺れている、ある一軒の店の前に、立っていました。
開業から優に百年は超えているのでしょう。
私は引き戸の取手にそっと手をかけました。
引き戸が、長年使い込まれた木の、低く澄んだ音を立てて、ゆっくりと横へ滑った瞬間。
私を包み込んだのは、初夏の朝の路地の、若葉の青い薫りとは、まったく種類の違う、深く、ふくよかで、しかし、決して重くはない、ある——糠の、ほのかに甘く、ほのかに酸い、生きものの匂いと、古い木の樽の、しっとりと落ち着いた木の匂いと、そして、長年、何代もの手によって、毎朝、毎晩、ひと混ぜ、ひと混ぜと、混ぜ続けられてきた、その「糠床という、ひとつの生きもの」そのものの、おだやかな寝息のような気配とが、ひとつに溶け合った、芳醇で、しかし、極めて慎ましい、ひとつの空気の厚みでした。
そこに漂っていたものは、もはや、ただの「漬物屋の匂い」ではありませんでした。
それは、何万回、何十万回という、朝の「ひと混ぜ」が、この店の中で、何代もの手によって、ただ、黙々とくりかえされ、そしてその一回、一回が、目には見えない、ある、深い、味の層となって、糠床の底に、静かに降り積もり続けてきた、その「無数のくりかえし」そのものの気配だったのです。
そこには、ある一つの糠床が、何代もの時間を超えて、その奥深い味わいを、決して絶やすことのないための、極めて謙虚で、しかし揺るぎない「規律」が、確かに、糠の一粒、一粒に、息づいていたのです。
「いらっしゃいませ」
店の奥の、土間の一角で、白い割烹着に、藍色の前掛けを重ねた、白髪の、ご高齢の女性が、片手を、大きな木の樽の中に、深く差し入れたまま、私のほうを見て、深く頭を下げてくれました。
年齢はおそらく、もう八十代の、半ばに近いでしょうか。
声の音量は決して強くありませんでした。
むしろ、店内に漂う、深くふくよかな糠の気配を、わずかにも乱さない、絶妙な響き。
——その方は、ちょうど、その朝の、糠床の「ひと混ぜ」の、まさにその途中で、いらっしゃったのです。
私は、店内の中ほどに、ゆっくりと足を進めました。
そしてそこで、私は、息を、深く飲んだのです。
——土間に、整然と並べられた、何本もの、古い木の樽。
店の土間の、奥の壁ぎわには、大小の、古い木の漬物樽が、合計、八本ほど、整然と並べられていました。
それぞれの樽は、その木肌の色も、その古さも、まったく違いながら、しかし、見事なまでに、寸分違わず、ぴたりと揃った間隔で、並んでいたのです。
そして、驚くべきは——、その八本の樽の、それぞれの木の蓋が、すべて、ほんの少しだけ、同じ方向に、ずらして、載せられていた、ということでした。
私ははじめ、その意味が、分かりませんでした。
しかし、しばらく見つめているうちに、私は、気がついたのです。
——その、わずかにずらされた蓋の隙間から、それぞれの糠床が、ちょうど、息をできるように、なっていたのだ、と。
蓋を、ぴたりと閉め切ってしまえば、糠床は、息ができない。 かといって、蓋を、すっかり取り払ってしまえば、糠床は、乾いてしまう。
その、「閉めきらず、開けきらず」の、ほんの数センチの隙間こそが——、何代もの手が、この店の糠床を、生かし続けてきた、その秘訣そのものだったのです。
——蓋の、わずかな、ずらし方ひとつにも、糠床を生かし続ける規律が宿る。
これこそが、私の名づける「息づかいの規律」でした。
そして、その、ご高齢の女将は、樽の中に差し入れていた片手を、ゆっくりと引き上げ、糠のついた指先を、白い布巾で、丁寧に拭いました。
そして、女将は、私のほうを見て、こう、低く、お尋ねくださいました。
「今朝は、どなたの、食卓のために、お越しになりましたか」
——「何を、お求めですか」では、ありませんでした。 ——「いらっしゃいませ、何か、お探しですか」でも、ありませんでした。
「どなたの、食卓のために、お越しになりましたか」——。
私は、その問いの前で、しばらく、言葉を探しました。
そしてようやく、私はこうお答えしたのです。
「来月、嫁ぐ、娘が、おりまして。その娘が、新しい家で、糠床を、はじめてみたい、と申しました。それで……、私自身、糠床というものが、いったい、どういうものなのか、一度、きちんと見ておきたく、参りました」
女将は、深く、深く、頷きました。
そして女将は、私を、その、いちばん大きな、いちばん古い木の樽の、すぐそばへと、両手で軽く招いてくださいました。
そして女将は、その樽の、わずかにずらされた木の蓋を、両手で、そっと取りました。
——その瞬間、私は、息を飲みました。
樽の中の糠床の表面は、まるで、よく耕された、初夏の田畑のように——、寸分の、かたよりもなく、寸分の、へこみもなく、ただ、おだやかに、たいらに、ならされていたのです。
そして女将は、こう、静かに、お話しくださいました。
「この糠床は、わたしの、祖母の、そのまた母の代から、続いております。かれこれ、百二十年ほどに、なりましょうか」
百二十年。
私は、その数字の前で、ただ、立ち尽くしました。
「百二十年、毎朝、毎晩、この糠床は、誰かの手によって、ひと混ぜ、されてまいりました。戦争のあった年も。大きな地震のあった年も。ただの一日も、欠かさずに」
そして女将は、こう続けられたのです。
「糠床というのは、ふしぎなものでございます。一日、混ぜるのを忘れても、すぐに味が落ちるわけでは、ございません。二日、三日、忘れても、まだ、なんとか、もちこたえます。けれど——、その『一日くらい、いいだろう』を続けてしまいますと、糠床は、ある日、ふっと、その深い味わいを、手放してしまうのです」
——その言葉は、私の胸の、いちばん深いところに、静かに、しかし、確かに届きました。
「ですから、わたしどもは、毎朝、この糠床に、手を入れますときに、『今日も、よろしく』と、心の中で、ひとこと、声をかけるように、しております。百二十年、そうやって、この糠床に、声をかけ続けてきた、何代もの手の、その『くりかえし』だけが——、この味を、今日までつないでまいりました」
そして女将は、その糠床の表面を、片手の手のひらで、ごく、そっとひと撫でし、寸分の、かたよりもないように、もう一度、たいらに、均しました。
——糠を、混ぜた、のではありませんでした。 ——糠を、ただ、撫でつけた、のでも、ありませんでした。
女将は、その百二十年の糠床に、まるで、眠っている幼な子の、布団を、そっと整え直すように——、その表面を、おだやかに、たいらに均し、そして、もう一度、わずかに蓋をずらして、糠床が、息のできる隙間を、つくってあげていたのです。
そして女将は、目をわずかに伏せたまま、ほんの一センチほど、軽く頭を下げ、こう、低く、付け加えてくださいました。
「お嬢さまの、新しい糠床も、きっと、はじめは、頼りない味でございましょう。けれど、毎日、毎日、お嬢さまの手が、ひと混ぜ、ひと混ぜをくりかえしてゆかれれば——、十年もすれば、それは、お嬢さまだけの、どこにもない、深い味に育ってまいります。どうぞ、そうお伝えくださいませ」
——これが、「くりかえす毎日への礼節」でした。
毎朝、毎晩、ただ、糠床に、片手を差し入れ、ひと混ぜする。
それは、女将にとって、もう、何万回、何十万回とくりかえしてきた、極めて日常的な、極めて地味な、所作のはずです。
しかし、その何十万回目の、たった一度の「ひと混ぜ」を、まるで、初めての、たった一度の「ひと混ぜ」のように、「今日も、よろしく」と、心の中で声をかけながら、ていねいにくりかえしてゆく。
その、目にはまったく見えない、地味な「ひと混ぜ」の、ただ、ひたすらの積み重ねだけが——、百二十年の、深い味を、今日の、誰かの食卓まで、確かにつないできたのです。
そして私は、その瞬間、ようやく、はっきりと、分かったのでした。
——妻が、三十一年、続けてきた、あの台所の隅の、糠床。
それは、ただの、漬物の容器では、なかったのです。
妻が、三十一年、毎朝、ただの一度も欠かさず、片手を差し入れ、ひと混ぜしてきた、その「くりかえし」そのものが——、いつのまにか、わが家の食卓の、あの、何ともいえない、ほっとする味わいを、ひとつ、ひとつ、底のほうに、降り積もらせてきたのです。
そして、娘が、「いちばん、好きだった」と言ったあの味は——、ある特別な日の、ごちそうの味ではなく、妻が、三十一年、誰にほめられるでもなく、ただ、黙々とくりかえし続けてきた、その、見えない「ひと混ぜ」の、味だったのです。
私は、女将から、きゅうりと、茄子の、糠漬けを、少し包んでいただきました。
女将は、その包みを、両手で、低く、私の手のひらに、そっと移してくださいました。
そして私は、引き戸をゆっくりと引いて、五月の下旬の、初夏の朝の路地に、再び戻りました。
街路樹の若葉は、その朝の光の中で、一枚、一枚、すきとおるように、明るく揺れていました。
——漬物屋とは、ただ、漬物を売る場所では、ない。 ——漬物屋とは、ある一つの味を、何代もの手が、毎日、毎日、ただ、黙々とくりかえし続けることでしか、決して育てられないのだという、その、いちばん静かで、いちばん確かな真実を、百二十年の糠床の、ひと匙の中に、そっとお預けしてくれる場所だったのです。
vibes は、目には見えません。
しかし vibes は、こうして、たった一つの糠床の、ひと混ぜの中にすら、何代もの手の、何十万回ものくりかえしの重みとともに、確かに織り込まれ、そして、来月、娘が、新しい家の台所で、初めて、自分の糠床に、片手を差し入れる、その朝に——、ふたたび、ふわりと、新しく、息づきはじめるのでしょう。
——空気は、ある一日の、大きな出来事によってではなく、たった一度では何も変わらないような、地味な「ひと混ぜ」の、ただ、ひたすらの、くりかえしによってこそ、いつのまにか、深く育ってゆく。
それこそが、看板にも、値札にも、決して書かれることのない、町外れの老舗の漬物屋という店の、最も深い、最も静かな「透明な資産」だったのだ——。
私は、その夜、家に帰ったら、三十一年、ただの一度も欠かさず糠床を混ぜ続けてきた妻に、ひとこと、お礼を言おう、と思いながら、五月の下旬の、もうすぐ夏の気配を含み始めた、初夏の朝の路地の中で、ようやく気づいたのです。
——勝田耕司













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