五月の下旬のある木曜日の宵、午後六時四十分のこと。
初夏のいちばん長くなった夕方の、淡い金色の陽差しが、ようやく、街の家並みの屋根のいちばん上のあたりから、ふっと、しずかに、しずかに、夜の藍色の気配へと、お明け渡しになりはじめた、ちょうどその時刻。
私は、その日の午後の打ち合わせを終え、駅前の大通りから、ひと本だけ路地のほうへと外れた、古い住宅街の一角を、夕方の風の中、ゆっくりと、家路へと、歩いていました。
——その宵、私が、いつもの帰り道とは違う、ふた本だけ奥の細い路地のほうへと、ふと、足を向けようと思い立ったのには、特に、はっきりとした理由はありませんでした。
ただ、私が、いつもの大通りを、ゆっくりと歩いていた、そのとき。
ある一本の細い路地のほうから、もう、夕暮れの淡い金色も、ほとんど、お消えになりかけた中で——、ふっと、しずかに、しずかに、ある、あたたかな、淡い柿色の灯が、ひとつ、ふたつ、みっつと——、まるで、宵の藍色の空気の中に、お招きするかのように、ふんわりと、灯っていたのです。
——あの、柿色の灯の先に、どんな店があるのだろう。
私はそう思い、その細い路地のほうへと、ゆっくりと足を向けたのです。
そして、いくつかの路地を曲がった、その先で——、私は、ある一軒の、小さな店の前に、立っていたのです。
——提灯屋。
商店街の路地の、ちょうど真ん中あたり。
その小さな店の、磨き込まれた木の引き戸の、すぐ上の軒先のところには——、合計、五つの、それぞれ、まったく違う大きさと、まったく違う屋号の和紙提灯が、ふんわりと、宵の柿色の灯を、ともしていたのです。
そのいちばん大きな提灯には、「割烹 山中」と、太く、しっかりとした筆致で、墨書きされていました。
その隣には、ひとまわり小さく、「魚屋 吉田」と。
さらに隣には、「呉服 林」と。
そして、「お豆腐 鈴木」と。
そして、いちばん端には、ひと回り小さい、「印章 佐藤」と——。
すべて、まったく違う店の、まったく違う屋号でした。
しかし——、その五つの提灯の灯の、ちょうど、いちばん明るい中心の高さが、すべて、寸分違わず、同じ高さで、ぴたりと揃えられていたのです。
——いちばん大きな割烹の屋号提灯も。
——いちばん小さなお豆腐屋の屋号提灯も。
それぞれの提灯の、大きさは、まったく違うのに——、その「灯の中心の、いちばん明るいところ」が、すべて、寸分のずれもなく、ぴたりと、軒先の同じ高さに、お並びになっていたのです。
私は、しばらく、その軒先の五つの提灯を、ただ、ゆっくりと、見上げていました。
そして、私は、ふと、引き戸の取手に手をかけました。
磨き込まれた木の引き戸の上には、深い藍色の地に、白く「提灯」とたった二文字、染め抜かれた、年代物の暖簾が、宵のおだやかな風に、ふわりと揺れていました。
開業から、優に百年は、超えているのでしょう。
引き戸が、長年使い込まれた木の、低く澄んだ音を立てて、ゆっくりと横へ滑った瞬間。
私を包み込んだのは、宵の路地の、初夏のひんやりとしはじめた風の中とは、まったく種類の違う、深く、しっとりと、しかし、決して重くはない、ある——磨き上げられた竹の、わずかに乾いた、青い、しなやかな匂いと、何百枚もの和紙の、ふっくらとした、紙の繊維のしずかな匂いと、すりたての墨の、奥行きのある、深い深い、まろやかな匂いと、そして、長年、何百、何千の提灯が、職人の指先と、竹と、和紙と、墨との上で、ひと巻き、ひと巻きと、お作り上げられ続けてきた、その「夜の灯を作る場」そのものの、芳醇で、しっとりと落ち着いた木の気配とが、ひとつに溶け合った、深く、しかし、極めて、慎ましい、ひとつの空気のあたたかさでした。
そこに漂っていたものは、もはや、ただの「提灯屋の匂い」では、ありませんでした。
それは、何百、何千の店、何百、何千のお家、何百、何千の神社、お寺の、それぞれの「夜更けに、お訪ねくださる方々を、お迎えする灯」を、この店の中で、ひと巻き、ひと巻きと、丁寧にお作り上げになり続けてきた、その「無数の、夜更けの灯との出会い」そのものの気配だったのです。
そこには、ある一軒の店の、まだ、お会いになったこともない、ある一人のお客さまの、その日の、夜更けの帰り道に——、ふと、ある角を曲がった瞬間に、ぽっと、お目に入る、ひと灯のあたたかさを、確かにお預けするための、極めて謙虚で、しかし揺るぎない「規律」が、確かに、竹骨と、和紙と、墨との中に、息づいていたのです。
「いらっしゃいませ」
店の奥の、磨き上げられた檜の作業台の前で、白いシャツの上に、深い藍色の前掛けを締めた、白髪のご高齢の店主が——、いま、まさに、ご自分の右手の、長い、しなやかな筆を、ご自分の硯のすぐ近くで、たった今、しずかに、お置きになったところでした。
そして、店主は、ご自分のお墨で、わずかに、藍がかった黒の墨をお拭いになっていらした左手の指先を、ご自分の前掛けで、ごく軽くお拭きになりながら、私のほうを見て、深く頭を下げてくれました。
年齢はおそらく、もう七十代の半ばに近いでしょうか。
声の音量は決して強くありませんでした。
むしろ、店内に漂う、深くしっとりと落ち着いた、墨と和紙と竹の気配を、わずかにも乱さない、絶妙な響き。
——そして、私は、店主の作業台の上に、いま、まさに、お作り上げの途中で、横たわっている、ある一張りの、まだ、屋号の文字が、半分ほどしか書かれていない、大ぶりの白い提灯を見て、息を、深く飲んだのです。
——その提灯の、ちょうど真ん中のあたりには、まだ、墨色も、お乾きになりきっていない、力強い「割」というひと文字だけが、深く、しっとりと、しかし、おだやかに、書かれていたのです。
「割烹」と、書き上げになる、その途中で、いらしたのでした。
私は店内の中ほどに、ゆっくりと足を進めました。
そしてそこで、私は、もう一つ、息を、深く飲んだのです。
——壁の上のほうの、ちょうど、私の目の高さよりも、少し上のところに、整然と並べられた、何十張りもの、お作り上げ済みの提灯。
その壁の上のほうには、もう、いつでも、注文された店や、家や、神社や、お寺の方々の手元へと、お渡しできるように、お作り上げ済みの提灯が、合計、二十数張りほど、ぴたりと、整然と並んでいたのです。
——「鮨処 高田」「眼鏡 中山」「八幡神社」「お米 大野」「うどん 清水」——、それぞれ、まったく違う屋号と、まったく違う墨の筆致が、ひと張り、ひと張りの提灯の、白い和紙の上に、ふんわりと、お描きになっていたのです。
そして驚くべきは——、その二十数張りの、それぞれ、まったく違う大きさの提灯の、ちょうど、真ん中の、屋号の文字の、いちばん上のところと、いちばん下のところとが、寸分違わず、同じ高さで、ぴたりと揃えられていた、ということでした。
——大きな割烹の屋号も。
——小さなお米屋の屋号も。
それぞれの提灯の、大きさは、まったく違うのに——、その屋号の文字の「いちばん高い線」と「いちばん低い線」とが、すべて、寸分のずれもなく、ぴたりと、同じ高さに、お揃えになっていたのです。
そして、それぞれの提灯の屋号の中心も——、寸分のずれもなく、すべて、同じ高さの、おだやかな水平の線の上に、お並びになっていたのです。
——「割烹」の屋号も、「お米」の屋号も、決して、お互いの大きさを、競わない。
それぞれの店の、それぞれのお家の、それぞれの神社のお屋号は——、ご自分の提灯の和紙の上の、絶妙に揃えられた、ちょうど、同じ高さに、まったく、対等な敬意で、お並びになっていたのです。
——たった、軒先の灯の、いちばん明るい中心の高さの中にも、規律が宿る。
これこそが、私の名づける「灯の高さの規律」でした。
そして、店主は、私に深く頭を下げてくださったあと、こう、ぽつりとおっしゃられたのです。
「あと、烹の一文字が、残っております。よろしければ、お並びの途中、お待ちくださいませ。あと、ほんの数分ほどでございます」
——私は、深く、深く、頷きました。
そして店主は、ご自分の右手の長い筆を、ふたたび、ご自分の指先で、お取りになりました。
そして、ご自分の硯の上に、わずかに、ふんわりと、墨を含ませました。
そして、店主は——、何度か、深く、しずかに、ご自分の呼吸を、お整えになっていらしたのです。
ご自分の右の腕の、ひじから先のところを、軽く左の手で、しずかに支えるようにして——、ふっと、息を、お止めになりました。
そして、その瞬間。
店主の右手の筆は、白い和紙の上の、「割」のひと文字のすぐ右隣に——、寸分も急がず、しかし、決して、ためらわず——、しなやかに、ふんわりと、「烹」のひと文字を、しずかに、しずかに、お書きになっていらしたのです。
そのひと筆は——、決して、力ずくの筆では、ありませんでした。
そのひと筆は——、決して、震えるような、ためらいの筆でも、ありませんでした。
それは、ある、八十年もの、ご自分の指先と、ご自分の呼吸とを、ぴたりと、ひとつに合わせて、お書きになり続けてきた、ある一人の方の、ただ、ふっくらとした、しなやかな、ひと筆でした。
——筆を、ただ、お走らせになった、のでは、ありませんでした。
——文字を、ただ、お書きになっていらした、のでも、ありませんでした。
店主は、その、「烹」のひと文字の中に——、これから、その提灯が、ある一軒の割烹のお店の、軒先で、何百、何千の宵の風に、ふんわりと、ゆれながら——、その日、その日の夜更けに、ご自分のお店をお訪ねくださる、まだ、お会いになったこともない、無数のお客さまの、その「あ、あそこに、開いているお店があるな」という、ふっと、安心の灯が、お目に入る、その瞬間を、確かに、お預けくださっていらしたのです。
——これが、「夜更けに灯を求める方への礼節」でした。
そして、店主は、その「割烹 山中」の屋号の提灯の、最後の細かなお仕上げをなさったあと、両手で、低く、その提灯を、ご自分の作業台の脇の、白木の小さな台の上に、しずかに、しずかにお置きになりました。
そして、店主は、ふと、私のほうを見て、こう、低くおっしゃられたのです。
「提灯は、夜更けの風を、いちばんよく知る道具でございますから。お作り上げも、わたくしどもは、必ず、宵の時刻から、夜更けにかけてのお時間に、いたします。夜の風を、お吸わせながら、お作り上げになるのが、いちばん、ようございます」
——「提灯は、夜更けの風を、いちばんよく知る道具」。
そのひとことの中に、店主は、ご自分の何十年もの間、毎日、毎日、宵の時刻から、夜更けにかけて、提灯の和紙の繊維の一本、一本に、ご自分の指先と筆と墨とともに、夜の空気そのものを、しずかに、しずかに、お吸わせ続けてこられた、その「目には、見えない、夜更けの育て方」そのものへの、深い、深い敬意を、込めていてくださっていたのです。
毎日、何張りもの提灯を、お作り上げになっていらっしゃる店主。
それは、彼にとって、もう、何万回と、くりかえしてきた、極めて日常的な所作のはずです。
しかし、その何万回目の所作を、まるで、初めての、たった一張りの、たった一軒の割烹のお店のために——、その提灯が、これから、何十年もの間、毎晩、毎晩、軒先で、宵の風に、ふんわりとゆれながら、まだ、お会いになったこともない、無数のお客さまの夜更けの足元に、その柿色のひと灯を、お預けくださっていくのかを、確かに、思い描いた上で——、その「夜更けに、ふと、灯を求められる、お一人、お一人」への、深い、深い敬意を、無言のうちに、ご自分の筆の、たった、ひと筆の中に込めて、お書きになる。
そして、私は、その瞬間、ようやく、はっきりと、分かったのでした。
——夜の街の、軒先の提灯の、その柿色の、あたたかなひと灯。
私たちは、毎日、毎日、街の中を、ふと、行き来しながら、その軒先の提灯の灯に——、知らないうちに、何百回、何千回と、お助けいただいてきたのです。
仕事帰りの、疲れた足取りで、ふと、暗くなった夜道に、不安になりかけた、その瞬間に——、ふっと、目に入った、軒先のあたたかな柿色のひと灯。
その、たった、ひと灯の中には——、まったく、お会いになったこともない、ある一人の提灯職人の、ある一日の、ふと、息をお止めになりながら、ふっくらと、お書きになった、たった、ひと筆の重みが、確かに、お流れになっていたのです。
そして、その「目には、はっきりと、見えない、無数のひと筆の重み」が——、街の夜の足取りを、しずかに、しずかに、お支えし続けてきていたのです。
私は、ご店主に、深く、深くお礼を申し上げました。
私は、その日、何も、お買い物をいたしませんでした。
ただ、ただ、その、「割」と「烹」の二文字の、ふっと、息をお止めになったままの、八十年もの、ひと筆、ひと筆の重みを、目の中に、確かに、お預かりさせていただいただけで、十分でした。
私は、引き戸を、ゆっくりと引いて、五月の下旬の、もう、すっかりと宵の藍色に染まった、初夏の路地に、再び戻りました。
軒先の、五つの提灯は、まだ、しずかに、しずかに、あの柿色の、あたたかなひと灯を、灯し続けていました。
そして、私が、その路地の角を曲がる、その瞬間——、もう一度、私は、振り返り、軒先の五つの提灯を、ゆっくりと見上げました。
——その五つの灯の、いちばん明るい中心の高さが、夜の藍色の中に、ぴたりと、寸分のずれもなく、おだやかに、お並びになっていたのです。
——提灯屋とは、ただ、提灯を、お作り上げになる場所では、ない。
——提灯屋とは、夜更けの街を、不安そうに、ふと、お歩きになる、まだお会いになったこともない、ある一人の方の足元の、ふと、目に入る、軒先のあたたかなひと灯の中に——、ご自分の、ふと息をお止めになった、たった、ひと筆の重みを、確かに、お預けくださる場所だったのです。
vibes は、目には見えません。
しかし vibes は、こうして、たった、ひと筆の「烹」の文字の中にすら、店主の何十年もの、ふと息をお止めになる所作の重みとともに、確かに織り込まれ——、これから、何十年もの夜更けの街の、まだ、お会いになったこともない、無数の方々の不安な足取りの中に、しずかに、しずかにお流れになり続けてゆくのでしょう。
——空気は、夜更けの街の、ふと不安になった、ある一人の方の足取りの中にすら、まったくお会いになったこともない、ある一人の方の、ふと息をお止めになった、たった、ひと筆の重みを、しずかに、しずかにお預けしてしまう。
それこそが、看板にも、値札にも、決して書かれることのない、町の老舗の提灯屋という店の、最も深い、最も静かな「透明な資産」だったのだ——。
私は、もう一度、夜の藍色の中の、軒先の、寸分の高さも揃えられた、五つのあたたかな柿色の灯を、ゆっくりと、見上げながら、五月の下旬の、もうすぐ夏の気配を含み始めた、初夏の宵の路地の中で、ようやく気づいたのです。
——勝田耕司














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