透明資産を見つけよう

【透明資産を見つけよう】六月の朝、町外れの老舗の風鈴屋。軒に並ぶ「短冊の規律」と、風鈴をひと指で鳴らされる所作という名の「夏の風を聴かれる方への礼節」

六月のある水曜日の朝、午前十時のこと。

——その日は、もう、六月の下旬の、雨のお止みになった、おだやかな、清らかな朝。

街路樹の若葉のひと枚、ひと枚は——、もう、夏のはじまりの、ふっくらと、まろやかな緑の濃さの中で、まだ、夜明けからの、ふっくらと白い朝の光を、ふんわりと、しっとりと身にまといながら、おだやかに揺れていらしたのです。

——梅雨入りの、雨上がりの、しっとりと清らかな、朝。

私は、午前のアポイントまでの、ぽっかりと空いた一時間ほどを抱えながら、いつもの大通りから、ひと本だけ路地のほうへと外れた、古い住宅街の一角を、しっとりと清らかな朝の光の中、ゆっくりと、歩いていました。

——その朝、私が、いつもとは違う路地のほうへと、ふと、足を向けようと思い立ったのには、特に、はっきりとした理由は、ありませんでした。

ただ、その、しっとりと清らかな朝の風の中に——、ふと、しずかに、しずかに、ある一本の細い路地のほうから——、何か、高い、高い、しなやかな、しかし、決して鋭くはない——、チリン……、チリン……、チリン……、と、何かの澄み切った、冷たく深い、ある別の金属が、ふっと、おだやかに、おだやかに、ご自分の中の、いちばん澄み切った、いちばん深いお声を、ふっとお挙げになっていらしたような——、不思議なほどに、清らかな、しずかな、しずかなおとが、ひと筋、ふんわりと、流れてきていたのです。

——梅雨入りの、雨上がりの、しっとりと清らかな朝の路地の空気の中に、ふと、チリン……、チリン……、と、何かの澄み切った金属の、おだやかなお声が、ひと筋、流れてくる、というのは、まったく不思議なことでした。

——あの、しずかな、しずかな、何かの金属の、おだやかなお声の先に、どんな店があるのだろう。

私はそう思い、ひと本だけ路地のほうへと、ゆっくりと足を向けたのです。

そして、いくつかの路地を曲がった、その先で——、私は、ある一軒の、小さな店の前に、立っていたのです。

——風鈴屋。

商店街の路地の、ちょうど突き当たり。

その小さな店の、磨き込まれた木の引き戸は——、もう、すでに、ほんのり、半分ほど、横へとお開けになっていて——、そして、その引き戸のすぐ上の、深く深く磨き込まれた檜の軒先には——、ふっくらと小ぶりな、ふっくらと丸い、しっとりと深く黒みがかった、深い深い鉄の風鈴が、合計、二十数個、ぴたりと、寸分違わぬ間隔で、ふんわりと、しなやかにお吊るしになっていたのです。

そして、それぞれの風鈴のいちばん下には——、ふっくらと、ふんわりと、ほのかに紙の白い、長い、長い、しなやかな、ふっくらとした「短冊」と呼ばれる、紙のしずかな尾が——、しっとりとした朝の光の中で、ふんわりと、おだやかに揺れていらしたのです。

そして、その引き戸のすぐ上の鴨居のところには、深い、深い、ほとんど鉄のような、深い深い黒の地に、白く「風鈴」とたった二文字、染め抜かれた、年代物の暖簾が、雨上がりの朝の風の中で、ふんわりと揺れていました。

開業から、優に百年は、超えているのでしょう。

私は引き戸の取手にそっと手をかけました。

引き戸が、長年使い込まれた木の、低く澄んだ音を立てて、ゆっくりと横へ滑った瞬間。

私を包み込んだのは、雨上がりの路地の、しっとりと清らかな朝の風とは、まったく種類の違う、深く、しっとりと、ひんやりと、しかし、決して冷えきってはいない、ある——もう、何百年と、ご自分の地中の、いちばん深いところで、しずかに、しずかにお眠りになり続けてこられた、深い深い鉄鉱石の、ほのかに澄んだ、しっとりと冷たい匂いと、ふんわりと、ほのかに焼かれた砂型の、ほのかに乾いた、しっとりと懐かしい土の匂いと、そして、長年、何千、何万個もの風鈴が、職人の指先と、鉄と、砂型と、鞴(ふいご)とのあいだで、ひと個、ひと個と、お鋳出され続けてきた、その「ひと個の風鈴を、ひと夏の聴く涼のために、ふっとお生み出しになる場」そのものの、芳醇で、しっとりと落ち着いた、鉄と砂と火の気配とが、ひとつに溶け合った、深く、しかし、極めて、清らかな、ひとつの空気の厚みでした。

そこに漂っていたものは、もはや、ただの「風鈴屋の匂い」では、ありませんでした。

それは、何千、何万個もの、ある一個の風鈴が——、もう、何百年と、ご自分の地中の、いちばん深いところで、しずかに、しずかにお眠りになっていらした、深い深い鉄鉱石の、ほんの、ほんのひとかけらが——、ある日、ふっと、ある一人の方の、ご自分のお家の軒先に、ふんわりと、お招きされ——、その方の、ご自分の、ふっと、ひと夏のお過ごしになる、深い深い真夏のお昼下がりの、ふと、おだやかな風の吹くひとときに——、ご自分の耳の中の、いちばん奥の、いちばん澄み切った、しずかな、しずかなお空間に——、ふっと、清らかな、清らかなひと響きを、しずかにお運びになる、その「ひと夏のおだやかな風と、ご自分の耳のいちばん奥との、しずかな、しずかなお対話のお時間」を——、ふっと、しずかに、しずかにお迎えくださるための、極めて謙虚で、しかし揺るぎない「規律」が、確かに、軒先にお吊るしになった、ひと個、ひと個の風鈴の中に、息づいていたのです。

「いらっしゃいませ」

店の中央の、磨き込まれた檜の長い作業台の前で、深い藍色の作務衣の上に、深い灰色の前掛けを締めた、白髪のご高齢のご店主が、両手の指先を、ご自分のお襷の脇に、ごく軽くお当てになりながら、私のほうを見て、深く頭を下げてくれました。

年齢はおそらく、もう七十代の半ばに近いでしょうか。

——そして、ご店主の作業台のすぐ脇には、ふっくらとした、深い深い、ふんわりと黒みがかった、まだ、できあがったばかりの、ふっくらと小ぶりな鉄の風鈴が、お一個、ふんわりとお置きになっていらしたのです。

そして、ご店主は、ご自分の右手の小指のさきを、ふっと、その風鈴のいちばん下の、ふっくらと小さな、しなやかな、深い深い鉄の舌に——、ふんわりと、しずかにお触れになっていらした、その絶妙な瞬間でした。

声の音量は決して強くありませんでした。

むしろ、店内に漂う、深く、ひんやりと澄んだ、鉄と砂の気配を、わずかにも乱さない、絶妙な響き。

私は、店内の中ほどに、ゆっくりと足を進めました。

そして、ふと、ご自分のお首を、店の引き戸のすぐ向こうの、軒先のほうへと、ゆっくりと、お向けになりました。

そしてそこで、私は、息を、深く飲んだのです。

——軒先の、磨き上げられた檜の長い梁の下に、整然と並べてお吊るしになった、二十数個もの、ふっくらと小ぶりな、深い深い、ふんわりと黒みがかった鉄の風鈴。

それぞれの風鈴の形は、まったく違うものでした。

——ふっくらと丸い風鈴。
——ふっくらと細長い風鈴。
——ふっくらと開いた朝顔のような風鈴。
——ふっくらと閉じた蕾のような風鈴。

それぞれの風鈴は、ご自分の中の、ふっくらと、しなやかな鉄の鋳造のお姿で、まったく違うご自分のお姿を、しずかに、しずかに、ふんわりとお抱きになっていらしたのです。

しかし驚くべきは——、その二十数個もの風鈴の、それぞれの、ふっくらと、ふんわりと、ほのかに紙の白い、長い、長い「短冊」と呼ばれる、紙のしずかな尾の、いちばん下のさきの高さが——、寸分のずれもなく、すべて、ぴたりと、まったく同じ水平の線の上に、お並びになっていらした、ということでした。

——ふっくらと丸い風鈴の短冊も。
——ふっくらと細長い風鈴の短冊も。
——ふっくらと開いた朝顔のような風鈴の短冊も。
——ふっくらと閉じた蕾のような風鈴の短冊も。

それぞれの風鈴の、ご自分のお姿の大きさと、お形は、まったく違うのに——、その「短冊」のいちばん下のさきは——、すべて、寸分のずれもなく、ぴたりと、まったく同じ、絶妙な水平の高さで、ふんわりと、しなやかにお揃いになっていらしたのです。

——そして、ふっと、軒先に、しっとりと清らかな朝の風がひと筋、ふっくらと、ふんわりと、お通り抜けになった、その瞬間でした。

——二十数個の風鈴の「短冊」のいちばん下のさきが——、まるで、お一吹きのおだやかな風の、ご自分のお手のひらに、ふんわりと、お抱きになっていらしたかのように——、寸分のずれもなく、すべて、ぴたりと、まったく同じ高さの、まったく同じ方向に、ふんわりと、しなやかにお傾きになっていらしたのです。

そして、その後の、ふんわりとしたお時間。

——チリン……、ふっと、ふんわりと、ある一個のいちばん丸い風鈴のお声が。

——少し、ふた呼吸ほど後で、チリン……、と、別の、ふっくらと細長い風鈴のお声が。

——さらに、ふた呼吸ほど後で、チリン……、と、また別の、ふっくらと朝顔のお形の風鈴のお声が。

——どの風鈴も、決して、別の風鈴の、ご自分のお声と、まったく同時には、お鳴らせにならない。
——どの風鈴も、決して、別の風鈴より、わずかも、ご自分のお声を、お先に、お鳴らせになることが、ない。

それぞれの風鈴は、お互いに、対等な敬意で、ご自分のいちばん澄み切った、清らかな、清らかなお声を、しずかに、しずかにお挙げになりながら——、決して、別の風鈴のお声に、お重なりになることは、なく——、ただ、ふた呼吸、ふた呼吸の絶妙な間合いを、ふっと、お互いに、しずかに、しずかにお保ちになりながら——、おだやかな、おだやかな、ひと夏の聴く涼の、ふっくらとしたお対話を、確かに、お紡ぎになっていらしたのです。

——たった、風鈴の、ふと、「短冊」のいちばん下のさきの高さの中にも、規律が宿る。

これこそが、私の名づける「短冊の規律」でした。

そして、ご店主は、ご自分の作業台の上の、いま、まさに、ご自分のお手のひらの中に、ふっくらと、しなやかにお置きくださっていらした、できあがったばかりのお一個の、ふっくらと小ぶりな鉄の風鈴を——、ご自分の左手の親指と人差し指の指先で、ふっと、お一個の風鈴のいちばん上の、ふっくらと小さな、しなやかな鉤のところに、ふんわりとお触れになり——、その風鈴を、ご自分の作業台の上に、ふんわりと、しなやかに、しずかに、しずかに、お吊るしになるかのように、お持ち上げになりました。

そして、ご自分の右手の、小指のさきの爪を——、ふっと、寸分も急がず、しなやかに、ふんわりと——、ご自分の風鈴のいちばん下の、ふっくらと小さな、しなやかな、深い深い鉄の「舌」と呼ばれる、ふっくらと小ぶりな、ふんわりと深い深い鉄のお粒に——、ふんわりと、しなやかにお触れになっていらしたのです。

——たった、ふんわりと、ふた呼吸ほどの、ふんわりとした、しなやかなお触れ。

そして、ふっと、その瞬間。

ご店主の風鈴の、ふっくらと小ぶりな、ふんわりと深い深い鉄の「舌」が、ご自分の風鈴のいちばん奥の、いちばん深いところの、ふっくらと、ふんわりと開いた、しなやかな鉄のお口のすぐ内側のところに、ふんわりと、しなやかにお触れになり——。

そして、その瞬間——、

——チリン……。

ふっと、ふんわりと、清らかな、清らかなひと響きが、ふっくらと、しなやかに、店内のいちばん深い、いちばん澄み切ったお空間の中へと、しずかに、しずかにお流れになっていらしたのです。

そして、ご店主は——、ふっと、ご自分の目を、しずかに、しずかにお閉じになり——、その清らかな、清らかなひと響きの、ふっくらと、しなやかな余韻が、店内のいちばん深いお空間の中で、しずかに、しずかに、もう、お消えになる直前の、いちばんふっくらとした最後のひと点まで——、ご自分の耳のいちばん奥の、いちばん深いところで、確かに、お聴き届けくださっていらしたのです。

——お声を、ただ、お鳴らせになっていらした、のでは、ありませんでした。
——風鈴を、ただ、お試しになっていらした、のでも、ありませんでした。

ご店主は、その、たった、ふんわりとした、ひと響きの中に——、これから、その一個の風鈴が、ある一人の方の、ご自分のお家の軒先に、ふっと、お招きされた、その瞬間に——、その方が、ご自分の、ふっと、深い深い真夏のお昼下がりの、ふと、おだやかな風の吹くひとときに——、ご自分の耳の中の、いちばん奥の、いちばん澄み切ったお空間に——、しずかに、しずかにお迎えになる、その「ひと夏の、ご自分の耳のいちばん奥との、清らかな、清らかなお対話のお時間」を——、確かに、ご自分の小指のさきの爪の、たった、ひと触れの中に、お預けくださっていらしたのです。

——これが、「夏の風を聴かれる方への礼節」でした。

毎日、何個もの風鈴を、お鋳造になり、お整えになり続けていらっしゃるご店主。

それは、彼にとって、もう、何万回と、くりかえしてきた、極めて日常的な所作のはずです。

しかし、その何万回目の所作を、まるで、初めての、たった一個の、たった一人のお客さまの、ご自分のお家の軒先の、ふと、ひと夏の真夏のおだやかな風の吹くひとときの、清らかな、清らかなお対話のお時間のように——、その一個が、これから、ひと夏、ふた夏、み夏と、誰のお家の軒先で、誰のご自分の耳のいちばん奥の、いちばん澄み切ったお空間の中の、しずかな、しずかなお対話の場を、お預かりしていくのかを、確かに、思い描いた上で——、その「ひと夏のおだやかな風と、ご自分の耳のいちばん奥との、清らかな、清らかなお対話の場を、ふっとお迎えくださる、お一人、お一人」への、深い、深い敬意を、無言のうちに、ご自分の小指のさきの爪の、たった、ふっくらとひと触れの中に込めて、お確かめになる。

そして、私は、その瞬間、ようやく、はっきりと、分かったのでした。

——人の耳のいちばん奥の中の、本当にたいせつな、ひと響き。

それは、決して、お声の大きさの中にあるのでは、ない。

むしろ、お声の、ふっくらと、しなやかな、清らかな、清らかなひと響きの後の、もう、お声が、お消えになる直前の、いちばんふっくらとした、いちばん澄み切った、しずかな、しずかな余韻の——、その「余韻のいちばんふっくらとした最後のひと点」の中にこそ——、本当にたいせつな、ふっと、いちばん深いところからの、清らかな、清らかなひと響きが、しずかに、しずかに、お宿りになっていらしたのです。

そして、その「ひと夏の、清らかな、清らかな余韻のお対話のお時間」のために——、誰かが、毎日、毎日、しずかに、しずかに、ご自分の小指のさきの爪の、ふっくらとひと触れで、深い深い鉄の「舌」の、いちばん澄み切った、いちばん深いお声を、ふっと、絶妙なお触れの中に、お確かめくださっていた。

私は、その日、何も、お買い物を、いたしませんでした。

ただ、ただ、店の軒先の、二十数個の風鈴の、それぞれの「短冊」のいちばん下のさきの、ぴたりと寸分のずれもないお高さと、ご店主の小指のさきの爪の、たった、ふっくらとひと触れの、ふんわりと、しなやかなお動きを、目の中と、耳の中とに、確かに、お預かりさせていただいただけで、十分でした。

そして、ご店主は、私のほうを見て、こう、低くおっしゃられたのです。

「風鈴というものは、お声の大きさで、お聴かせになるお道具では、ございません。むしろ、お声の、ふっくらと、しなやかなひと響きが、もう、ふっと、お消えになる直前の、いちばん澄み切った、しずかな余韻の中にこそ——、ご自分のいちばん深いお声を、しずかに、しずかにお預けくださる、不思議な不思議なお相手でございます」

——「風鈴というものは、お声の、ふっくらと、しなやかなひと響きが、もう、ふっと、お消えになる直前の、いちばん澄み切った、しずかな余韻の中にこそ——、ご自分のいちばん深いお声を、しずかに、しずかにお預けくださる、不思議な不思議なお相手でございます」。

そのひとことの中に、ご店主は、ご自分の何十年もの、毎日、毎日のひと触れの中に——、確かに、まだ、お会いになったこともない、ある一人の方の、ご自分のお家の軒先の、ひと夏のおだやかな風の吹くひとときの、ふっくらと、しなやかな余韻のお対話のお時間を——、ふっと、ぴたりとお迎えくださっていらした、その「目には決して見えない、ひと夏のおだやかな風と、ご自分の耳のいちばん奥とのお対話」を——、ふっと、私の前で、お明かしくださっていらしたのです。

私は、深く深く頭を下げ、引き戸を、ゆっくりと閉め直して、六月の、もう、すっかりと、しっとりと清らかな朝に染まり始めた、しずかな路地に、再び戻りました。

街路樹の若葉は——、もう、夏のはじまりの、ふっくらとした緑の濃さの中で、しっとりと清らかな朝の光を、ふんわりと身にまといながら、おだやかに揺れていらしたのです。

そして、まだ、私の耳の中には——、たった今、ご店主の小指のさきの爪から、しずかに、しずかにお流れになっていらした、清らかな、清らかな、ふっくらとしたひと響きの、ふんわりと、しなやかな余韻が、しずかに、しずかにお流れになり続けていたのです。

——風鈴屋とは、ただ、お声の鳴る鉄のお道具を、お渡しになる場所では、ない。
——風鈴屋とは、ある一人の方の、ご自分のお家の軒先の、ひと夏のおだやかな風の吹くひとときの、ご自分の耳のいちばん奥との、清らかな、清らかな余韻のお対話のお時間を——、確かに、ご自分の小指のさきの爪の、たった、ひと触れの中に込めて、しずかに、しずかにお預けくださる場所だったのです。

vibes は、目には見えません。

しかし vibes は、こうして、たった、ひと個の風鈴の、ふと、お声がお消えになる直前の余韻のいちばんふっくらとした最後のひと点の中にすら、ご店主の何十年もの所作の重みと、もう、何百年もの間、ご自分の地中のいちばん深いところで、しずかに、しずかにお眠りになっていらした鉄鉱石の、ふっくらとした重みとが、ともに織り込まれ——、これから、ある一人の方の、ご自分のお家の軒先の、ふと、ひと夏のおだやかな風の吹くひとときの、清らかな、清らかな余韻のお対話のお時間の中に、しずかに、しずかにお流れになり続けてゆくのでしょう。

——空気は、ある一人の方の、ご自分のお家の軒先の、ふと、ひと夏のおだやかな風の吹くひとときの、ご自分の耳のいちばん奥との、清らかな余韻のお対話のお時間の中にすら、まったくお会いになったこともない、ある一人の風鈴屋のご店主の、ふと、小指のさきの爪の、たった、ひと触れの中に、何十年もの所作の重みを、しずかに、しずかにお預けしてしまう。

それこそが、看板にも、値札にも、決して書かれることのない、町外れの老舗の風鈴屋という店の、最も深い、最も静かな「透明な資産」だったのだ——。

私は、まだ、私の耳の中に、しずかに、しずかにお流れになり続けている、清らかな、清らかな、ふっくらとしたひと響きの余韻とともに、六月の、もう、しっとりと清らかな朝の光の中の、しずかな路地の中で、ようやく気づいたのです。

——勝田耕司

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