五月の下旬のある火曜日の昼下がり、午後二時半のこと。
陽差しがもう、初夏というよりは、夏のはじまりの明るさを、街全体に、ふわりと、しかし確かに満たし始めた、ちょうどその時刻。
私は、午後のアポイントまでの、ぽっかりと空いた一時間半ほどを抱えながら、いつもの大通りから二本だけ路地のほうへと外れた、古い住宅街の一角を、ゆっくりと歩いていました。
私の両手のひらの上には、深い紺色のふくさで、ていねいに包まれた、小さな、しかし、確かに重みのある、ある一つの木箱が、抱えられていました。
——その日、私がある一軒の指物師の工房を訪ねようと思い立ったのには、はっきりとした理由がありました。
その先週のある夜のことでした。
私は、自分の書斎の机の上の、長年使ってきた、ある一つの小さな桐の文箱を、ふと手に取って、片づけをしていたのです。
その桐の文箱は、いまから、もう、三十数年も前のこと——、私が、社会に出て、はじめて、自分の名刺を持った日のお祝いに、亡き祖父が、私に、お贈りくださったものでした。
祖父自身は、長年、町工場の経理を務めていた、ごくふつうの会社員でした。
しかし、祖父は、若い頃から、ものをたいせつにする人でした。
その桐の文箱もまた、祖父が、まだ若かった頃に、ご自分の手で、町外れのある一軒の指物師から、ていねいに買い求めて、何十年も、ご自分の書斎で使い続けてこられた、その大切な一品を——、当時、私の門出に、お譲りくださったものだったのです。
それから、三十数年。
私はその桐の文箱を、自分の書斎の机の上に、ずっと置き続け、お客様からの大切なお手紙や、感謝状や、家族のささやかな写真などを、ひとつ、ひとつ、その中に、しまい続けてまいりました。
そして先週のその夜、ふと、その文箱を、灯りの下で、見つめておりましたとき——、私は、桐の蓋の、ちょうど右の前の角のところに、髪の毛ほどの、しかし、はっきりとした、ひと筋のひび割れを、見つけたのです。
——いつから、入っていたのか、まったく分かりませんでした。
おそらく、もう、何年も前から、ごくゆっくりと、しずかに、しずかに、私の知らないうちに、その桐の繊維の中を、進んでいたのでしょう。
私はその夜、しばらく、灯りの下で、その小さなひび割れを、ただ、見つめていました。
そして、心に決めたのです。
——明日、いや、来週のどこかで、必ず、町外れの、あの指物師の工房に、お持ちしよう。
そう、私はその夜、ふくさで、その桐の文箱を、丁寧に包み直したのです。
そして、その翌週の、火曜日の昼下がり。
ふくさに包まれた、その桐の文箱を、両手で、低く、抱えながら、私はもう何年も前から、その存在だけは、人づてに伺っていた、町外れのある一軒の老舗の指物師の工房へと、自然に足を向けていたのです。
商店街の路地の、ちょうど突き当たり。
私は、磨き込まれた木の引き戸の上に、深い焦げ茶色の地に、白く「指物」とたった二文字、染め抜かれた、年代物の小さな暖簾が、初夏のやわらかな昼下がりの風にふわりと揺れている、ある一軒の店の前に、立っていました。
開業から、優に八十年は、超えているのでしょう。
私は引き戸の取手にそっと手をかけました。
引き戸が、長年使い込まれた木の、低く澄んだ音を立てて、ゆっくりと横へ滑った瞬間。
私を包み込んだのは、初夏の昼下がりの路地の、明るい風の中とは、まったく種類の違う、深く、乾いて、しかし、決して冷たくはない、ある——桐や、欅や、檜の、まだ生木のような、若い樹の匂いと、長年、何十年と、ゆっくり、ゆっくり、寝かされ続けてきた、年代物の木材の、しっとりと落ち着いた木の匂いと、そして、削りたての、薄い、薄い、鉋屑の、ほのかに甘い、香ばしい匂いとが、ひとつに溶け合った、芳醇で、しかし、極めて静謐な、ひとつの「木の場」の気配でした。
そこに漂っていたものは、もはや、ただの「木工房の匂い」ではありませんでした。
それは、何百本、何千本という樹が、伐られ、製材され、長い、長い、十年、二十年という歳月のあいだ、この工房の中で、ただ、ひたすらに、寝かされ、待たされ、そして、ようやく、ある一つの、お客様の手のひらの中の道具へと、丁寧に、丁寧に、しつらえられてきた、その「無数の、樹と歳月との出会い」そのものの気配だったのです。
そこには、ある一つの木材が、ある一つの、たいせつな道具へと、しつらえられるまでの、十年、二十年という、目には決して見えない歳月そのものを、確かにお預かりするための、極めて謙虚で、しかし揺るぎない「規律」が、確かに、寝かされ続ける木の、ひとすじ、ひとすじの繊維の中に、息づいていたのです。
「いらっしゃいませ」
工房の奥の、磨き上げられた檜の作業台の前で、白いシャツの腕を肘の少し上まで捲り、藍色の前掛けを締めた、白髪のご高齢の店主が、両手の指先を、ご自分の前掛けで、ごく軽くお拭きになりながら、私のほうを見て、深く、深く頭を下げてくれました。
年齢はおそらく、もう八十代の半ばに近いでしょうか。
声の音量は決して強くありませんでした。
むしろ、工房に漂う、深く落ち着いた木の気配を、わずかにも乱さない、絶妙な響き。
私は、工房の中ほどに、ゆっくりと足を進めました。
そしてそこで、私は、息を、深く飲んだのです。
——工房の、奥の壁ぎわに、ずらりと積まれた、何十枚もの、木の板。
工房の奥の壁ぎわには、桐や、欅や、檜の、まだ、何にも、しつらえられていない、生のままの木の板が、上から下まで、合計、何十枚と、整然と積み上げられていました。
そして驚くべきは——、その何十枚もの木の板と板のあいだに、すべて、寸分違わぬ厚みの、ごく細い、白木の桟が、はさみ込まれていた、ということでした。
桟は、ぴたりと、すべての板の左端と、右端の、まったく同じ位置に、はさまれ、左右の桟と桟の高さもまた、ひと板、ひと板、寸分のずれもなく、揃えられていたのです。
その細い桟と桟のあいだの、ほんの、わずかな隙間を通じて——、初夏の昼下がりの、やわらかな、乾いた空気が、何十年と、ゆっくり、ゆっくりと、それぞれの木の板の表と裏とを、撫で続けていたのです。
——木は、ぴたりと、押し付けたままでは、決して、よい木にはならない。
風がとおる、ほんの、わずかな隙間がなければ、木は、奥のほうから、しずかに、しずかに、腐れていってしまう。
その、ほんの、数ミリの桟の厚みこそが——、何十年もの歳月を、この工房の何十枚もの木の板に、しずかに、しずかに、お眠りいただくための、その秘訣そのものだったのです。
——たった、数ミリの桟の厚みの中にも、規律が宿る。
これこそが、私の名づける「木の眠りの規律」でした。
そして店主は、私のほうを見て、こう、低く、お尋ねくださいました。
「本日は、どのような、お品で、いらっしゃいますか」
私は、両手で、低く、抱えていた、ふくさの包みを、店主の作業台の上に、そっと横たえました。
そして、ふくさを、ゆっくりとほどき——、三十数年前から、私の書斎の机の上で、お客様からの大切なお手紙を、ずっと、お預かりし続けてきた、その桐の文箱を、店主の前に、お見せしたのです。
「祖父から、譲り受けたものでございます。先週、蓋の右の前の角に、ひと筋の、ひびを、見つけまして」
店主は、深く、深く頷きました。
そして店主は、その桐の文箱を、ご自分の両手で、まるで、生まれたばかりの幼な子を、お抱きするように、ゆっくりと、両手のひらの上に、低く、捧げ持ちました。
そして店主は、その文箱の、四隅の継ぎ目、蓋の合わせ目、底の張り方、そして、いちばん大切な、ひび割れの位置——、そのすべてを、ご自分の両手の指先で、ほんのわずかも、爪を立てることなく、優しく、優しく、撫でていきました。
そして店主は、ゆっくりと顔を上げ、私のほうを見て、こう、低く、おっしゃられたのです。
「この文箱を、お作りになった方は、たいそう、お急ぎにならない方で、いらしたようでございますね」
——私は、店主の、そのひとことの前で、しばらく、息を、止めていました。
「四隅の留めの、組み方の、隙のなさが、それを、確かに教えてくれます。そして、内側の、底板の張り方も——、ほんのわずかな、力の加減の違いで、年月とともに、底が、ふくらんだり、へこんだりするものなのですが、この方は、その力の加減を、ぴたり、と、整えていらした。何十年もの、いまの状態が、それを、はっきりと、お示しくださっております」
——「この文箱を、お作りになった方」。
店主は、いま、目の前にいる、私のことを、見ているのでは、なく——、いまから、もう、五十年も、六十年も、もしかしたら、それより前に、ご自分とは、まったく、お会いになったこともない、ある、一人の指物師の方の、お手のはたらきを、目の前の桐の繊維の中から、はっきりと、読み取っていらしたのです。
そして店主は、私のほうを、もう一度、見て、こうつけ加えてくださいました。
「お預かりして、よろしいでしょうか。この方が、まだ若き日に、こころを尽くしてお作りになった、その仕事のお気持ちに、できるかぎり近づけるように、ひびを、お塞ぎいたします」
——「修理いたします」では、ありませんでした。 ——「お直しいたします」でも、ありませんでした。
「この方が、お作りになった、その仕事のお気持ちに、できるかぎり、近づけるように、ひびを、お塞ぎいたします」——。
そのひとことの中に、店主は、五十年、六十年も前の、もう、お会いになったこともない、一人の先人の指物師の方の、その日の、その時刻の、ご自分の作業台の前での、こころのありようそのものへの、深い、深い敬意を、込めていてくださっていたのです。
そして店主は、その桐の文箱を、ご自分の作業台の、いちばん日当たりのよい場所へと、両手で、低く、ゆっくりと、お運びになりました。
そして店主は、いちばん細い、手の中におさまるほどの小さな鉋を、両手でお取りになりました。
そして、その小さな鉋を、文箱の、髪の毛ほどの、ひと筋のひび割れの、ちょうど、真上に、そっと、添えていかれたのです。
——鉋を、ひび割れに、押しつけた、のでは、ありませんでした。 ——ひびを、力ずくで、削り、削り、消そうとなさった、のでも、ありませんでした。
店主は、その小さな鉋を、ひび割れの上に、まるで、五十年前の先人の指先の、その日のはたらきの上に、もう一度、そっと、ご自分の指先を、寄り添わせるかのように——、寸分も、力を入れず、ただ、ふわりと、添えていかれたのです。
そして、ほんの一筋、また、ほんの一筋と、桐の薄い、白い、薄絹のような鉋屑が、ふわりと、作業台の上に、舞い落ちていきました。
——これが、「先人の手への礼節」でした。
毎日、何十、何百という、お客様のお持ち込みの品を、お預かりし、お直しなさっている店主。
それは、彼にとって、もう、何万回と、くりかえしてきた、極めて日常的な所作のはずです。
しかし、その何万回目の所作を、まるで、初めての、たった一つの、たった一人の先人の作品のように、その品を、五十年、六十年前に、お作りになった方の、ご自分とは、まったく、お会いになったこともない、その方の、お手のはたらきの中の、いちばん芯にあった、つつましいおこころへ、深い、深い敬意を込めて、寸分の力も入れずに、ふわりと、ご自分の鉋を、添えていく。
そして、私は、その瞬間、ようやく、はっきりと、分かったのでした。
——三十数年前、亡き祖父が、私の門出に、お贈りくださった、この桐の文箱。
それは、ただ、私と祖父との、二代の絆を、つないでくれたものだけでは、なかったのです。
その文箱の、奥の、奥のところには、五十年、六十年も前の、ご自分とは、まったく、お会いになったこともない、ある一人の指物師の方の、つつましい、しかし、確かなお手のはたらきが、ずっと、しずかに、息づいていてくださっていたのです。
そして、その先人の指先のはたらきは、いま、目の前の店主の手元の、たった一つの小さな鉋の、ふわりとした添え方の中に、もう一度、ふと、よみがえり——、これから、この文箱が、私の手元で、また、何十年と、お預かりし続けるであろう、未来のお客様からのお手紙の、その下のところに、もう一段、深く、染み込んでいったのです。
——指物師の工房とは、ただ、木の道具を、しつらえ、お直しする場所では、ない。 ——指物師の工房とは、ある一つの道具の、いちばん奥のところに、何十年も前に、まったく見も知らぬ一人の先人の方の、つつましいお手のはたらきが、しずかに、息づき続けていたのだという、その、いちばん静かで、いちばん確かな真実を、たった一筋の薄い鉋屑とともに、確かに、教えてくださる場所だったのです。
vibes は、目には見えません。
しかし vibes は、こうして、たった一つの桐の文箱の、髪の毛ほどのひびを塞ぐ、その小さな鉋の、ふわりとした添え方の中にすら、五十年、六十年も前の先人の手のはたらきと、いまの店主の何十年もの所作の重みとが、ともに織り込まれ、これからの何十年もの、私のお預かりするお客様のお手紙の下に、しずかに、しずかに、息づき続けてゆくのでしょう。
——空気は、ある一つの道具の、いちばん奥のところに、何代もの、まったく見も知らぬ手のはたらきを、ひっそりと、つないでしまう。
それこそが、看板にも、値札にも、決して書かれることのない、町外れの老舗の指物師の工房という店の、最も深い、最も静かな「透明な資産」だったのだ——。
私は、ふくさに包まれて、ふたたび、私の両手のひらの上へと、お戻りになる、その桐の文箱を、まだお受け取りしてはおりませんが——、近いうちに、また、ふたたび、私の書斎の机の上に、戻ってくる、その日の朝のことを、しずかに思い描きながら、五月の下旬の、もうすぐ夏の気配を含み始めた、初夏の昼下がりの路地の中で、ようやく気づいたのです。
——勝田耕司













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