五月の下旬のある木曜日の夕暮れ、午後五時のこと。
陽差しがもう、初夏のいちばん長くなった夕方の、いちばん深い、淡い金色の光に、街全体を染めはじめた、ちょうどその時刻。
私はその日、私の生まれ育った、町外れの実家へと、車で、父を迎えに行きました。
——その日、私が父を、車にお乗せして、もう何十年も父が訪ねていない、ある一軒の老舗の酒屋へとお運びすることになったのには、ひとつの、はっきりとした理由がありました。
きっかけは、ある一週間ほど前の、日曜日の昼下がりのことでした。
母から、お電話をいただきました。
「お父さん、ようやく、お庭の植木鉢の手入れを、ご自分でなさるくらい、お元気になられてね。お昼ごはんに、お時間あったら、お寄りなさいませんか」
そして私はその日の午後、ひとりで、両親の家を訪ねたのです。
お昼ごはんが、ちょうど、お終わりになった頃。
父は、私を、ご自分の書斎へと、ゆっくりと、お招きになりました。
「ちょっと、相談したいことが、あってな」
父の声は、二か月の入院から退院をなさってからも、まだ、少しだけ、お疲れの色を、わずかに残していらっしゃいました。
しかし、その日の父の声は、退院後、はじめて、ご自分から、何か、はっきりとしたお気持ちを、お持ちになっていらしたような、確かなしっかりとした響きを、持っていらっしゃったのです。
「今度、孫の結婚式があるだろう」
「ええ」
「父さんとな、ちょっと、考えていたことが、あるんだ」
父は、しばらく、言葉を整えてから、こうつづけたのです。
「孫の二人に、なにか、わしから、贈りたいと、思っているんだよ。派手なものは、要らないんだ。ただ、何か、ふたりが、これから、ゆっくり、ゆっくり、年月をかけて、お楽しみくださるような、そんな、ささやかなものを」
そして、父は、ぽつりと付け加えたのです。
「お酒を、ひと瓶、贈りたいと、思ってな。ただし、当日に開けるお酒では、ない。ふたりが、何十年か先の、ある夜に、ふと、開けて、思い出してくださるような、ひと瓶を」
——私は、その父の言葉の前で、しばらく、何も、お答えすることが、できませんでした。
二か月にわたる、長い入院。 そのあいだ、父は、ベッドの上で、いくたびも、生死の境のような、しずかな夜を、過ごしていらしたはずでした。
そして、ようやく、退院をなさり、もうすぐ、孫の結婚式が、迎えられる、というところまで、辿り着かれた、いま——、父は、ご自分の孫の二人に、「いつか、何十年か先の、ある夜の食卓のために」と、ひと瓶のお酒を、贈ろうとなさっていらしたのです。
——それは、ご自分が、もう、お会いになることのないかもしれない、ある未来の夜に、確かに、ご自分の温もりを、お届けしようとなさる、父の、いちばん深い、しずかなお気持ちでした。
「もちろん。お送りしますよ」
私はそう、お返事をしました。
そして、その木曜日の夕暮れ。
私は、父を、車の助手席にお乗せして、もう何十年も父が訪ねたことのない、町外れの、ある一軒の老舗の酒屋へと、ゆっくりとした速度で、お運びすることになったのです。
商店街の路地の、ちょうど突き当たり。
私と父は、磨き込まれた木の引き戸の上に、深い焦げ茶色の地に、白く「酒」とたった一文字、染め抜かれた、年代物の暖簾が、初夏の夕暮れのやわらかな風にふわりと揺れている、ある一軒の店の前に、立っていました。
開業から、優に百二十年は、超えているのでしょう。
父は、その暖簾を、しばらく、ただ、しずかに見上げていらっしゃいました。
そして、父は、ぽつりと、こう、おっしゃられたのです。
「ここに、わしの父さんと、二人で、はじめてお酒を、飲みに来たのが、わしが、社会に出た年、二十二の年だった。もう、六十年も前の話だ」
——私はその瞬間、父が、その店の暖簾を、ただ見上げていらしたのではない、ということに、気がつきました。
父は、六十年前の、ご自分が二十二歳で社会に出た年の、ある夕暮れに、亡き祖父に連れられて、はじめてこの暖簾の中に、両手で杯を受け取られた、その日の祖父のお姿を——、いま、もう一度、その暖簾の中に、ふと、お見つけになっていらしたのでしょう。
私は、引き戸の取手にそっと手をかけました。
引き戸が、長年使い込まれた木の、低く澄んだ音を立てて、ゆっくりと横へ滑った瞬間。
私たちを包み込んだのは、初夏の夕暮れの路地の、明るい風の中とは、まったく種類の違う、深く、しんと、しかし、決して冷たくはない、ある——熟成した米の、ほのかに甘い、芳醇な香りと、磨き上げられた木の樽の、しっとりと落ち着いた、深い匂いと、そして、長年、何百、何千の方々の、それぞれの人生の、それぞれのお祝い、それぞれのお別れ、それぞれの再会の、ささやかな杯の場のために、ひと瓶、ひと瓶と、お預かりされ続けてきた、その「杯を交わす場」そのものの、おだやかで、しっとりとした気配とが、ひとつに溶け合った、芳醇で、しかし、極めて静謐な、ひとつの空気の厚みでした。
そこに漂っていたものは、もはや、ただの「酒屋の匂い」では、ありませんでした。
それは、何百、何千という方々の、それぞれの人生の節目、節目の、ご結婚の祝盃、ご出産の祝盃、ご家族のお別れの献杯、ご還暦のお祝い——、その、それぞれの、たった一度の、しかし、確かな杯の瞬間のために、この店の中で、ひと瓶、ひと瓶と、丁寧にお預かりされ続けてきた、その「無数の、杯との出会い」そのものの気配だったのです。
そこには、これから、ある二人の方が、まだ、お会いになっていない、何十年か先の、ある夜のおふたりの食卓のために、たった、ひと瓶のお酒を、確かにお預かりするための、極めて謙虚で、しかし揺るぎない「規律」が、確かに、何百、何千の瓶の、ひとつ、ひとつのラベルの中に、息づいていたのです。
「いらっしゃいませ」
店の奥の、磨き上げられた檜の長いカウンターの内側で、藍色の作務衣の上っ張りを羽織った、白髪のご高齢の店主が、両手の指先を、ご自分の白い布巾で、ごく軽くお拭きになりながら、私と父のほうを見て、深く、深く頭を下げてくれました。
そして、店主は、父の顔を、しばらく、しずかに、ご覧になりました。
そして、店主は、こう、ぽつりとおっしゃられたのです。
「……お久しゅう、ございます。やはり、お元気でいらっしゃいましたか」
——父は、その瞬間、しずかに、頷きました。
「ええ。ご無沙汰ばかりで、申し訳ない。退院をしたばかりでして」
「ご退院、おめでとうございます。ご無事で、何よりでございました」
——その二言、三言の、ささやかなやり取りの中に、私は、父と、この店主の、何十年もの、しずかな、しかし、確かなお付き合いの厚みを、はっきりと、感じとっていたのです。
声の音量は決して強くありませんでした。
むしろ、店内に漂う、深く落ち着いたお酒の気配を、わずかにも乱さない、絶妙な響き。
私と父は、店内の中ほどに、ゆっくりと足を進めました。
そして、店主は、私と父を、店の奥の、もう一つの引き戸の向こうへと、両手で、低くご案内くださいました。
「お酒の蔵を、お見せいたします」
引き戸の向こうは、まったく、別の空気の世界でした。
ひんやりと、しずかに、冷たく、しかし、決して、寒くはない、ある——年月の中で、ゆっくり、ゆっくり、お眠りになり続けてきた、何百本もの瓶の、おだやかな寝息のような、深い、深い気配で、満たされていたのです。
そして、私は、息を、深く飲んだのです。
——蔵の壁の、いちめんに、上から下まで、整然と組み上げられた、何十段もの、白木の棚。
蔵の壁の左半分には、上下左右に、合計、五十段ほどの白木の棚が、ぴたりと、寸分違わぬ間隔で、組み上げられていました。
そして、その一段、一段の棚には、何本もの、深い茶色のガラスの瓶が、それぞれ、ひと並びに、整然と並べられていたのです。
そして、驚くべきは——、それぞれの棚の、いちばん手前に、墨書きの小さな白い和紙の札が、貼られていた、ということでした。
「令和三年」 「令和元年」 「平成二十五年」 「平成二十年」 「平成十五年」 「平成十年」 「平成五年」 「昭和六十年」 「昭和五十五年」 「昭和五十年」——。
私は、その小さな和紙の札を、上から下まで、ゆっくりと、目で追っていきました。
そして、ある、はっとする事実に気がついたのです。
——どの棚にも、ただ、ひとつの「年」だけが、記されていた。
そして、そのひとつの「年」の棚には、その年に、ひとつの蔵元から、ひとつの仕込みで、お造りいただいたお酒の瓶だけが、しずかに、しずかに、お眠りになっていたのです。
「平成二十五年と、平成二十六年を、混ぜて」では、ありませんでした。 「同じ蔵元の、五年分」では、ありませんでした。
ただ、ひとつの棚に、ひとつの蔵元の、ひとつの年の、ひとつの仕込みのお酒だけが、しずかに、しずかに、お眠りになっていたのです。
——どの一本のお酒も、決して、別の年のものとは、混ぜられない。 ——どの一本のお酒も、決して、別の蔵元のものとも、混ぜられない。
そして、いちばん高い棚の、いちばん奥には——、もう、五十年、六十年前の、ご店主のお父上、いえ、お祖父上の代に、お造りいただいたであろう、深い、深い、ひと棚の、年月そのものが、しずかに、しずかにお眠りになっていたのです。
——たった、ひとつの棚の、ひと札の中にも、規律が宿る。
これこそが、私の名づける「年ごとの規律」でした。
そして、店主は、私たちのほうを見て、こう、低く、お尋ねくださいました。
「本日は、どのような、お席のためのお酒で、いらっしゃいますか」
父は、ゆっくりと、こうお答えしました。
「孫の二人への、お祝いで。ただし——、当日に開けるお酒では、なくて、何十年か先の、ある夜に、ふと、ふたりで、開けて、もう、わしのことなど、覚えていないとしても、何か、おだやかな夜を、ご一緒に過ごしてくださるような、そんな、ひと瓶を」
——店主は、その父の言葉の前で、しばらく、しずかに、頷いていらっしゃいました。
そして、店主は、こう、ぽつりとお尋ねくださいました。
「お孫さまは、いま、何歳でいらっしゃいますか」
「二十九。婿どのも、ほぼ、同じ年だ」
店主は、深く頷きました。
そして、店主は、こう付け加えてくださったのです。
「では、お二人が、ちょうど、五十年連れ添われる年——、お二人が、ともに、七十九歳でいらっしゃる、その金婚式の夜に、ふと、お開けくださるような、ひと瓶を、お選びくださいませ」
——私の中で、何かが、深く、しずかに、満ちていきました。
これは、ただの「商品の薦め」では、ありません。
これは、まだ、お会いになったこともない、ある若い二人の方の、これから先、五十年もの長い、長い、結婚生活の歳月を、まるごと、ご自分の頭の中で、ふっと、思い描いた上で——、その「五十年めの夜」という、たった、たった一夜のために、いまの蔵の棚の中の、たった、ひと瓶のお酒を、お選びくださる、所作だったのです。
そして、店主は、棚の中央の、「平成十五年」と書かれた、棚のうちの、いちばん奥にある、深い茶色のガラスの瓶を、両手で、低くお取りになりました。
「こちらは、平成十五年——、ちょうど、お孫さまが、五つか六つでいらっしゃった年に、北陸のある蔵元で、お造りいただいた、純米大吟醸の古酒でございます。これから、お二人が、ご結婚されてから、五十年めのお祝いの夜まで——、おふたりの食器棚の奥で、しずかに、しずかに、五十年ほど、お眠りいただきます。そうしますと、お二人の金婚式の夜の食卓に、いちばん、おだやかな深さで、お注ぎ込みくださることに、なります」
——平成十五年。
それは、ちょうど、私の娘が、まだ五つか六つでいらした年——、ようやく、ひらがなが書けるようになり、毎週土曜日の朝に、駄菓子屋へと、五枚の十円玉を握りしめて、通っていた頃でした。
そして、来月の十五日、二十九歳になった娘と、その婿とが、結婚式を挙げられます。
そしてその先、五十年めの、金婚式の夜——、二人が七十九歳で、私の父も、私も、母も、もう、この世にはいないであろう、その夜の食卓に。
平成十五年の、北陸の蔵の、ある仕込みのお酒は、ふと、二人の杯の中に、おだやかに、お注がれてゆくのです。
そして、店主は、その深い茶色のガラスの瓶を、ご自分の両手で、両手のひらに、まるで、生まれたばかりの幼な子をお抱きするように、ゆっくりと、お包みになりました。
そして、店主は、その瓶を、白い和紙で、ひと巻き、ふた巻きと、ふんわりとお包みになり、その上から、桐の薄い小箱に、しっとりと、お納めくださいました。
そして、最後に、店主は、ご自分の作業台の端の、小さな墨壺と、白木の細い筆と、薄い、白い和紙の小さな札を、お取りになりました。
そして、店主は、ご自分の指先を、しずかに整え、その小さな札に、ひと筆、ひと筆、ゆっくりと、墨書きをなさいました。
——「お二人さまの、金婚式の夜に、お開けくださいませ」
そして、店主は、その小さな札を、ごく細い赤い水引のような糸で、桐の小箱の蓋に、ふんわりと、結びつけてくださったのです。
——瓶を、ただ、包んだ、のでは、ありませんでした。 ——瓶を、ただ、お渡しした、のでも、ありませんでした。
店主は、まだ、お会いになったこともない、ある二人の方の、五十年先の、たった一夜の、たった一献の、ある未来の食卓の上に、確かに、その瓶を、両手で、お運びすることのできるように——、いま、目の前の、ご自分の指先と、墨と、ひと筆の中に、その五十年先の夜を、確かに、結びつけてくださっていたのです。
——これが、「いつかの夜への礼節」でした。
毎日、何瓶ものお酒を、お渡しになっていらっしゃる店主。
それは、彼にとって、もう、何万回と、くりかえしてきた、極めて日常的な所作のはずです。
しかし、その何万回目の所作を、まるで、初めての、たった一瓶の、たった二人のための、たった一夜のお酒のように——、そのひと瓶が、これから、何十年もの間、誰のお手の奥で、お眠りになり続け、そして、いつかの夜の食卓で、ふと、お開けくださることになるのかを、確かに、思い描いた上で——、その未来の、まだ、訪れていない、たった一夜の食卓への、深い、深い敬意を、無言のうちに、桐の小箱の蓋の、ひと筆の墨書きの中に込めて、お渡しになる。
そして、私は、その瞬間、ようやく、はっきりと、分かったのでした。
——父が、その日の昼下がりに、書斎の中で、ぽつりとおっしゃっていた、あの言葉の、ほんとうの意味を。
「ふたりが、何十年か先の、ある夜に、ふと、開けて、思い出してくださるような、ひと瓶を」
それは、ただの、お祝いのお酒では、ありませんでした。
それは——、ご自分が、もう、お会いになることのないかもしれない、ある未来の夜に、確かに、ご自分の温もりを、お届けしようとなさる、父の、いちばん深い、しずかなお気持ちだったのです。
そして、それを、店主は、ご自分の指先と、ひと筆の墨と、桐の小箱の中に、確かに、お預かりくださっていたのです。
私と父は、店主に、深く、深く、頭を下げ、お礼を、申し上げました。
そして、引き戸を、ゆっくりと引いて、五月の下旬の、もう、すっかり、夕暮れの淡い金色の光に染められた、初夏の路地に、再び戻りました。
街路樹の若葉は、その夕暮れの光の中で、いちばんの濃い緑のまま、初夏の風に、ふわりと揺れていました。
——私は、両手で、その桐の小箱を、低く、しっかりと、お抱きしていました。
そして、隣の父は、もう、ご自分の足で、こちらの方向へと、ゆっくり、ゆっくりと、歩いていらしたのです。
そして、来月の十五日、結婚式の披露宴の終わりに、父は、その桐の小箱を、両手で、低く、お預かりになり——、孫の二人の前で、ご自分の口から、ひとことだけ、「金婚式の夜まで、しずかに、お眠りになっていてください」と、おっしゃられるのでしょう。
そして、その桐の小箱は、二人の新しい家の、食器棚の奥の、いちばんしずかなところで、これから、もう、三十年も、四十年も、五十年も、しずかに、しずかにお眠りになり続けるのです。
そして、いつかの夜——、もう、父も、母も、私も、妻も、この世にはいないであろう、二人の七十九歳の金婚式の夜の食卓の上で、その桐の小箱は、ふっと、二人の手のひらの中で、ようやく、お開かれになるのでしょう。
そのとき——、その杯の中に、ふんわりと立ち上る、平成十五年の、北陸の蔵の、深い、深い古酒の香りの中に、確かに、私の父の、いまの、夕暮れの、しずかなお気持ちが——、五十年の時の向こうから、ふと、おふたりの食卓の上に、お届けされるのです。
——酒屋とは、ただ、お酒の瓶を、お渡しする場所では、ない。 ——酒屋とは、ある一人の方の、いま、ここの、しずかなお気持ちを、何十年もの時の向こうの、まだ訪れていない、たった一夜の食卓の上にまで、確かに、お運びしてくださる場所だったのです。
vibes は、目には見えません。
しかし vibes は、こうして、たった一本の桐の小箱の中の、平成十五年の北陸のひと瓶の中にすら、わたしの父の、夕暮れのしずかなお気持ちとともに、確かに織り込まれ——、五十年もの時の向こうの、二人の金婚式の夜の食卓の上に、ふと、立ち上り続けてゆくのでしょう。
——空気は、目には見えない、しかし、確かに人が、人へと、何十年もの時を超えて、お届けしたかった、ささやかな温もりそのものを、たった一本のお酒の瓶の中に、しずかに、お預けしてしまう。
それこそが、看板にも、値札にも、決して書かれることのない、町外れの老舗の酒屋という店の、最も深い、最も静かな「透明な資産」だったのだ——。
私は、両手で、その桐の小箱を、しっかりと抱きしめながら、隣を、ゆっくりとした足取りで歩く、父のお姿とともに、五月の下旬の、もうすぐ夏の気配を含み始めた、初夏の夕暮れの路地の中で、ようやく気づいたのです。
——勝田耕司













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