透明資産を見つけよう

【透明資産を見つけよう】五月の昼下がり、町の老舗の数珠屋。盆に並ぶ「珠と糸の規律」と、絹糸を通す所作という名の「祈り続けてこられた手への礼節」

五月の下旬のある月曜日の昼下がり、午後二時半のこと。

陽差しがもう、初夏というよりは、夏のはじまりの明るさを、街全体に、ふわりと、しかし確かに満たし始めた、ちょうどその時刻。

私はその日、私の生まれ育った、町外れの実家へと、車で、母を迎えに行きました。

——その日、私が母を、車にお乗せして、もう何十年も母が訪ねていない、ある一軒の老舗の数珠屋へとお運びすることになったのには、ひとつの、はっきりとした理由がありました。

きっかけは、ある一週間ほど前のことでした。

私のところに、母から、電話がありました。

「ちょっと、お願いがあるんだけれども」

母の声は、いつものように、おだやかで、控えめでした。

「あの、わたしの、数珠なんだけれども」

母は、しばらく、言葉を整えてから、こうつづけました。

「もう、わたしが、結婚した年に、買ったものだから、六十年は、超えているかしら。糸が、もうずいぶん、弱ってきていて……。来月の十五日の、孫の結婚式の朝に、仏壇の前で、お父さんと、わたしの父と母に、しっかり、ご報告をしたくて」

——私は、その電話の母の言葉の前で、しばらく、何も、お答えすることが、できませんでした。

二か月にわたる、父の入院。 そのあいだ、母は、ただの一日も、欠かさず、病院に通い続けていました。

そして、ようやく、父が退院をなさり、もうすぐ、孫の結婚式が迎えられる、というところまで、辿り着かれたのです。

そのご報告を、来月の十五日の朝、まずは、ご自分のご両親に——、もう、何十年も前にお亡くなりになった、お父さまとお母さまに、母は、まず、その糸の弱った数珠を、両手のひらで握りしめて、お伝えしたい、とおっしゃっていらしたのです。

「もちろん。お送りしますよ」

私はそう、お返事をしました。

そして、母は、こうつづけられたのです。

「あなたも、よかったら、ご一緒に。お父さんは、まだ、ちょっと、長くは歩けないから、お留守番してもらおうと思って」

——私はその電話の中で、ふと、気がついたのです。

母と、二人だけで、どこかへ出かける、ということが、もう、いったい、何十年ぶりのことだろう、と。

子どもの頃は、よく、母と二人で、駅前の小さな商店街へ、お買い物に行きました。 大人になってからは、なんだかんだと、父と、妻と、子どもと、いつも、誰かが、ご一緒にいらっしゃいました。

——母と、二人だけ。

私は、その言葉の中に、ふと、何か、見えない、しかし、確かに温かい何かを、感じたのです。

そして、その月曜日の昼下がり。

私は、母を、車の助手席にお乗せして、もう何十年も母が訪ねたことのない、町外れの、ある一軒の老舗の数珠屋へと、ゆっくりとした速度で、お運びすることになったのです。

商店街の路地の、ちょうど突き当たり。

私と母は、磨き込まれた木の引き戸の上に、深い紫紺の地に、白く「数珠」とたった二文字、染め抜かれた、年代物の暖簾が、初夏のやわらかな昼下がりの風にふわりと揺れている、ある一軒の店の前に、立っていました。

開業から、優に百年は、超えているのでしょう。

母は、その暖簾を、しばらく、ただ、しずかに、見上げていらっしゃいました。

そして、母は、ぽつりと、こう、おっしゃられたのです。

「六十年前、わたしが結婚する年に、当時の、まだお若かったご店主さんが、糸を通してくださったのよ」

私はその瞬間、母が、その店の暖簾を、ただ見上げていらしたのではない、ということに、気がつきました。

母は、六十年前の、ご自分の結婚の年の、ある春の昼下がりに、ご自分の母上のお供で、はじめてこの店の暖簾をくぐられた、その日の母上のお姿を——、いま、もう一度、その暖簾の中に、ふと、お見つけになっていらしたのでしょう。

私は、引き戸の取手にそっと手をかけました。

引き戸が、長年使い込まれた木の、低く澄んだ音を立てて、ゆっくりと横へ滑った瞬間。

私たちを包み込んだのは、初夏の昼下がりの路地の、明るい風の中とは、まったく種類の違う、深く、しんと、しかし、決して冷たくはない、ある——沈香木の、ほのかに甘く、おだやかな香りと、磨き上げられた水晶の、しずかにきらめく、ひんやりとした気配と、絹糸の、わずかに乾いた、ささやかな匂いと、そして、長年、何千、何万という方々が、それぞれのご家族の、それぞれの祈りの場のために、ひと連、ひと連と、お預かりされ続けてきた、その「祈りを繋ぐ場」そのものの、おだやかな気配とが、ひとつに溶け合った、芳醇で、しかし、極めて静謐な、ひとつの空気の厚みでした。

そこに漂っていたものは、もはや、ただの「数珠屋の匂い」では、ありませんでした。

それは、何千、何万という方々の、ご家族の節目、節目の、ご親族の旅立ち、新しい命の誕生、それぞれの結婚の朝、それぞれの卒業の朝、それぞれの病からの回復の朝——、その、それぞれの、ささやかな祈りの瞬間のために、この店の中で、ひと連、ひと連と、丁寧にお預かりされ続けてきた、その「無数の、祈りとの出会い」そのものの気配だったのです。

そこには、ある一人の方の、ご自分の六十年もの、家族の節目、節目の祈りの場を、たった、ひと連の数珠の中で、しずかに、しずかに、お支えし続けてきた、その目には決して見えない歳月そのものを、確かにお預かりするための、極めて謙虚で、しかし揺るぎない「規律」が、確かに、店内の、絹糸と、珠と、沈香の気配の中に、息づいていたのです。

「いらっしゃいませ」

店の奥の、磨き上げられた檜の作業台の前で、白いシャツの上に、深い灰色の作務衣を羽織った、白髪のご高齢の店主が、両手の指先を、ご自分の作務衣で、ごく軽くお拭きになりながら、私と母のほうを見て、深く、深く頭を下げてくれました。

そして、店主は、母の顔を、しばらく、しずかに、ご覧になりました。

そして、店主は、こう、ぽつりと、おっしゃられたのです。

「……お久しゅう、ございます。もしや、六十年ほど前に、ご結婚を控えて、お母さまとご一緒に、ご来店くださいました、お嬢さまで、いらっしゃいましょうか」

——私は、その瞬間、はっと、しました。

母は、もう、八十代の半ばに近い、ご高齢で、いらっしゃいます。

しかし、店主は、その母のお顔の中に、六十年前の、まだ二十代でいらした、ある一人の若い花嫁さんのお顔を、ふと、確かにお見つけになっていらしたのです。

「ええ。覚えていてくださいますの? 六十年も、お暇しておりますのに」

母は、しずかに、ほんのわずか、頬を緩めて、お答えになりました。

そして、店主は、深く、深く、頷きました。

「当時のお嬢さまの、目元のところが、まったく、お変わりに、ならないのでございます。お若いころのお目元を、わたくしは、当時から、よく覚えております」

声の音量は決して強くありませんでした。

むしろ、店内に漂う、深くしんと落ち着いた祈りの気配を、わずかにも乱さない、絶妙な響き。

私と母は、店内の中ほどに、ゆっくりと足を進めました。

そしてそこで、私は、息を、深く飲んだのです。

——作業台の上に、整然と並べられた、何種類もの絹糸の、小さな白木の糸巻き。

作業台の上の、磨き上げられた檜の小さな盆の上には、合計、十数巻きの絹糸が、それぞれ、別の、小さな白木の糸巻きに、ふんわりと巻き取られて、整然と並べられていました。

そして、その糸の、それぞれの色と、それぞれの太さは、まったく、ばらばらでした。

——濃い、紺色の、太めの絹糸。 ——薄い、苔色のような、繊細な絹糸。 ——明るい、薄黄色の、ふっくらとした絹糸。 ——深い、葡萄色のような、しなやかな絹糸——。

そして、それぞれの糸巻きの、すぐ脇には、ごく小さな墨書きの和紙の札が、添えられていたのです。

「水晶」 「沈香木」 「黒檀」 「翡翠」 「珊瑚」 「真珠」——。

私は、しばらく、その糸巻きと、和紙の札の組み合わせを、目で追っていきました。

そして、ある、はっとする事実に気がついたのです。

——どの珠の名にも、ただ、ひとつの絹糸の色と太さだけが、対応していた。

「水晶には、薄い苔色の、繊細な糸」 「沈香木には、深い葡萄色の、しなやかな糸」 「黒檀には、濃い紺色の、太めの糸」——。

それぞれの珠の、その重みと、肌触りと、年月の経ち方に、ぴたりとお似合いとなる、ただ、たった一通りの絹糸の色と太さだけが、店主の何十年もの所作の中で、ひとつ、ひとつ、お選び抜かれていたのです。

——どの珠も、その珠そのものの「肌」を、いちばん、しずかに、しっとりとお支えしてくれる、その絹糸との出会いを、何十年もの間、お待ち続けていた。

——たった、糸巻き一巻きの脇の、墨書きの札の中にも、規律が宿る。

これこそが、私の名づける「珠と糸の規律」でした。

そして、母は、ご自分の小さな絹のお手提げから、深い紫紺のふくさで丁寧に包まれた、ある、小さな包みを、両手で、低く取り出されました。

そして、母は、その包みを、店主の作業台の上に、しずかに、しずかに横たえました。

母は、ふくさを、ゆっくりとほどきました。

——その中から、現れたのは、ひと連の、深い、深い、沈香木の数珠でした。

何十年もの、母の両手のひらの中で、しずかに、しずかに、繰られ続けてきたのでしょう。

ひと粒、ひと粒の沈香木の表面には、母の指の、おだやかな油のような、しっとりとした艶が、確かに、染み込んでいたのです。

そして、その数珠の、いちばん大きな親玉と、二番目の主玉とを、つなぐ絹糸の、ちょうど一点——、もう、髪の毛ほどの太さしか、残っていない、その絹糸の、しずかな細りが、確かに見えていたのです。

「六十年、おそばに、お連れくださいまして、こちらこそ、ありがとうございます」

——店主は、その数珠を、ご自分の両手のひらで、まるで、何代もの祈りの集まったお花を、両手で受け取るかのように、ゆっくりと、ふんわりと、お預かりになりました。

そして、店主は、その数珠の、ひと粒、ひと粒の沈香木の表面を、ご自分の両手の指先で、ほんのわずかも、爪を立てることなく、優しく、優しく、なでていきました。

そして、店主は、ゆっくりと顔を上げ、母のほうを見て、こう、低く、おっしゃられたのです。

「お母さまの六十年の、ご家族の朝、夕の祈りの、いちばん深いところに、いつも、いてくださった珠でございますね。沈香の木の、油の上がり方が、それを、はっきりと、お教えくださっています」

——母は、その瞬間、ほんのわずかに、しかし、確かに、目を伏せました。

長年、ご自分が、ただ、誰にもほめられるでもなく、ご自分の家族のためだけに、ひと粒、ひと粒、繰り続けてきた、その六十年もの「祈り続けてこられた歳月」そのものを——、いま、店主の指先が、たった一連の沈香木の、その油の艶の中から、確かに、読み取ってくださっていたのです。

そして、店主は、作業台の盆の上から、「沈香木」と記された札の脇の、深い葡萄色のしなやかな絹糸を、両手で、低くお取りになりました。

そして、店主は、長い、白木の小さなお針の、針穴へと、その絹糸を、ゆっくりと、ゆっくりとお通しになっていきました。

——その絹糸を、ただ、針穴へと、通した、のでは、ありませんでした。 ——その絹糸を、急いで、商売の所作として、お通しになった、のでも、ありませんでした。

店主は、その絹糸を、まるで、六十年前の、二十代の母を、お迎えになったご自分のお父上の指先の、その日の慎重さを、もう一度、ご自分の指先に、お引き継ぎなさるかのように——、寸分も急がず、ただ、ふわりと、針穴の中へと、ゆっくりと、お通しになっていらしたのです。

——これが、「祈り続けてこられた手への礼節」でした。

毎日、何連もの数珠を、お預かりし、糸を通し直していらっしゃる店主。

それは、彼にとって、もう、何万回と、くりかえしてきた、極めて日常的な所作のはずです。

しかし、その何万回目の所作を、まるで、初めての、たった一連の、たった一人のお客さまの数珠のように——、その方が、六十年もの間、誰にもほめられるでもなく、ただ、ご自分のご家族の朝、夕の祈りの場を、ひと粒、ひと粒、繰り続けてくださった、その目には決して見えない歳月への、深い、深い敬意を、無言のうちに、ひと針、ひと針の、絹糸の通し方の中に込めて、お預かりになる。

そして、私は、その瞬間、ようやく、はっきりと、分かったのでした。

——母の、六十年。

私が、生まれる前から。 私が、まだ、母の腕の中にいた頃から。 私が、社会に出てからも、結婚をしてからも、娘が、生まれてからも。

そして、父の長い入院の、ただの一日も、欠かさず、毎朝、母は、家の仏壇の前で、ご自分の両手のひらで、この沈香木の数珠を、しずかに繰り続けていらしたのです。

——それは、私が、ただの一度も、母から、お話しを伺ったことのない、六十年もの、見えない朝、夕の繰り返しでした。

そして、その目には見えない、母の六十年もの繰り返しの上に、私たちの家族の、四代の、いまの暮らしが——、知らないうちに、しずかに、お支えされ続けてきていたのです。

店主は、来月の十日までに、糸を通し直してお戻しくださる、と、丁寧におっしゃられました。

「お孫さまの式の、ちょうど五日前までには、確実に、お母さまのお手元にお戻しいたします」

そして、母は、店主に、深く、深く頭を下げ、お礼をおっしゃられました。

私と母は、引き戸を、ゆっくりと引いて、五月の下旬の、初夏の昼下がりの路地に、再び戻りました。

街路樹の若葉は、その昼下がりの陽差しの中で、いちばんの濃い緑のまま、初夏の風にふわりと揺れていました。

母は、もう、ご自分のお手提げの中の、ふくさの中に、あの沈香木の数珠を、お持ちでは、ありませんでした。

しかし、母の両手のひらの中には、たった今、店主が、ご自分の両手で、ふんわりと、ゆっくりとお預かりくださった、その六十年もの、見えない朝、夕の繰り返しの重みが、確かに、ふたたび、しずかに、しずかにお戻りになって、横たわっているように、私には、見えたのです。

——数珠屋とは、ただ、数珠の糸を、通し直す場所では、ない。 ——数珠屋とは、ある一人の方の、六十年もの、誰にもほめられるでもなく、ただ、ご自分のご家族のために、毎朝、毎夕、ひと粒、ひと粒と、繰り続けてこられた、その見えない歳月そのものを、たった一連のひと粒の表面の油の艶の中から、確かに読み取って、深い敬意の所作とともに、お預かりくださる場所だったのです。

vibes は、目には見えません。

しかし vibes は、こうして、たった一連の沈香木の数珠の、ひと粒の油の艶の中にすら、母の六十年もの、朝、夕の繰り返しの重みとともに、確かに織り込まれ——、来月の十五日の、孫の結婚式の朝、家の仏壇の前で、母の両手のひらの中で、ふたたび、しずかに、繰られはじめるのでしょう。

——空気は、見えないところで、ある一人の方の、誰にもほめられるでもなく、ただ、ひたすらに、ご家族のために、繰り返してこられた、六十年もの所作の重みを、たった一連のひと粒のすべての中に、しずかに、しずかに、お預けしてしまう。

それこそが、看板にも、値札にも、決して書かれることのない、町の老舗の数珠屋という店の、最も深い、最も静かな「透明な資産」だったのだ——。

私は、母の半歩うしろを、ゆっくりとした足取りで、お護りしながら、五月の下旬の、もうすぐ夏の気配を含み始めた、初夏の昼下がりの路地の中で、ようやく気づいたのです。

——勝田耕司

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