透明資産を見つけよう

【透明資産を見つけよう】六月の宵、町外れの老舗の墨屋。乾燥棚に並ぶ「刻みの向きの規律」と、新しい墨をふっと棚にお置きする所作という名の「ひと滴を生み出す手への礼節」

六月のある木曜日の宵、午後七時のこと。

——その日は、朝からずっと、雲のすき間からも、ほんのわずかな雨粒すら、お落ちにならないという、梅雨入りの中の、たいへんに珍しい、晴れたお一日でした。

しかし、その夕方の七時のあたりから——、初夏の、いちばん長くなった日の、淡い、淡い藍色の宵が、街全体に、しずかに、しずかにお染め始めていらしたのです。

街路樹の若葉のひと枚、ひと枚は、まだ、淡い、淡い金色の夕陽を、ふっくらと、しっとりと身にまといながら——、その淡い金色のさきから、しずかに、しずかに、藍色の宵の気配へと、お明け渡しになりはじめていたのです。

——六月の、いちばん長い日の、しずかな宵。

私は、その日の午後の打ち合わせを終え、駅前の大通りから、ひと本だけ路地のほうへと外れた、古い住宅街の一角を、夕方の風の中、ゆっくりと、家路へと、歩いていました。

——その宵、私が、いつもとは違う路地のほうへと、ふと、足を向けようと思い立ったのには、特に、はっきりとした理由は、ありませんでした。

ただ、初夏の宵の、しっとりと、淡くまろやかな風の中に——、ふと、しずかに、しずかに、ある一本の細い路地のほうから、何か、深く、しっとりと、まろやかに、ほのかに、ほのかに、ふっくらと、煤と、香木と、ふんわりと甘い動物の膠との、独特な、深い深い、複雑な香りが——、ひと筋、ふんわりと、流れてきていたのです。

——梅雨入りの、しずかな宵の路地の空気の中に、ふと、深く、まろやかに、ほのかに煤のような、しかし、決して不快ではない、何百年も前から、確かに人の手で、しずかに、しずかに、ご一緒に積み上げられてきたような、不思議な、奥行きのある匂いが、ひと筋、流れてくる、というのは、まったく、はじめての経験でした。

——あの、煤と、香木と、膠との、深く、まろやかに、ふっくらとした匂いの先に、どんな店があるのだろう。

私はそう思い、ひと本だけ路地のほうへと、ゆっくりと足を向けたのです。

そして、いくつかの路地を曲がった、その先で——、私は、ある一軒の、小さな店の前に、立っていたのです。

——墨屋。

商店街の路地の、ちょうど突き当たり。

その小さな店の、磨き込まれた木の引き戸は——、もう、すでに、ほんのり、半分ほど、横へとお開けになっていて、その引き戸のすき間からは——、しずかに、しずかに、深い、深い、ほのかに藍色がかった、淡い淡いお行灯の灯りが、ふんわりと、こぼれていたのです。

そして、その引き戸のすぐ上の鴨居のところには、深い、深い、ほとんど墨のような、深い深い黒の地に、白く「墨」とたった一文字、染め抜かれた、年代物の暖簾が、宵のおだやかな風の中で、ふんわりと揺れていました。

開業から、優に百年は、超えているのでしょう。

私は引き戸の取手にそっと手をかけました。

引き戸が、長年使い込まれた木の、低く澄んだ音を立てて、ゆっくりと横へ滑った瞬間。

私を包み込んだのは、初夏の宵の路地の、淡くまろやかな風とは、まったく種類の違う、深く、しっとりと、しかし、決して重くはない、ある——もう、何十年、何百年と、深く、深く、しずかに、しずかに、お練り上げになり続けてきた、菜種油や、松脂を、しずかにお燻しになった、深く深く、まろやかな煤の、しっとりと澄んだ匂いと、しずかに、しずかに、深く、深く、お煮あげられた、ほんのり甘く、ふんわりと優しい、動物の膠の、深く深く、まろやかな匂いと、ほのかに、ほのかに、白檀のような、しずかな、しずかな香木の、奥行きのあるおだやかな匂いと、そして、長年、何千、何万挺もの墨の挺が、職人の指先と、煤と、膠と、香木とのあいだで、ひと挺、ひと挺と、お練り上げ、お型入れし、お乾燥になり続けてきた、その「ひと挺の墨を、何十年と熟成させてゆく場」そのものの、芳醇で、しっとりと落ち着いた、煤と膠と香木の気配とが、ひとつに溶け合った、深く、しかし、極めて、しずかな、ひとつの空気の厚みでした。

そこに漂っていたものは、もはや、ただの「墨屋の匂い」では、ありませんでした。

それは、何千、何万挺ものひと挺の墨が——、もう、何十年と、しずかに、しずかに、ご自分の薄板の上で、ふんわりと、しっとりと、お熟成になり——、そして、ある日、ふっと、ある一人の方の、ご自分の硯の上で、お水と、しずかに、しずかに、お一緒に、ひと滴、ひと滴と、お削られながら——、何百年も前の、まったくお会いになったこともない描き手の、ある一筋のひと墨へと、ふっと、お変わりになっていく、その「無数の、ひと挺から、ひと滴へ、ひと墨へ、お変わりになる場」そのものの気配だったのです。

そこには、ある一人の方の、ご自分の硯の上で、ご自分の手のひらの中で、お水と、しずかに、しずかにお話しになりながら、ひと滴、ひと滴と、ひと墨を、お生み出される——、その「ひと滴を生み出す場」のために、確かに、ふんわりと、しずかに、しずかにお預けするための、極めて謙虚で、しかし揺るぎない「規律」が、確かに、深い深い、ほのかに藍色がかった墨の、ひと挺、ひと挺の中に、息づいていたのです。

「いらっしゃいませ」

店の真ん中の、磨き込まれた檜の長い作業台の前で、深い藍色の作務衣の上に、深い灰色の前掛けを締めた、白髪のご高齢の店主が、両手の指先を、ご自分の白い手ぬぐいで、ごく軽くお拭きになりながら、私のほうを見て、深く頭を下げてくれました。

年齢はおそらく、もう七十代の半ばに近いでしょうか。

声の音量は決して強くありませんでした。

むしろ、店内に漂う、深く、しずかな煤と膠と香木の気配を、わずかにも乱さない、絶妙な響き。

——そして、店主は、ご自分の作業台の上に、ふっと、ふんわりと、いま、まさに、お型入れの済んだ、ひと挺の新しい墨を、両手で、低く、ふんわりとお持ち上げになっていらしたのです。

私は店内の中ほどに、ゆっくりと足を進めました。

そしてそこで、私は、息を、深く飲んだのです。

——壁ぎわの、磨き上げられた檜の長い乾燥棚の上に、整然と並べられた、何十挺もの、深い、深い、ほのかに藍色がかった黒の墨の挺。

工房の壁ぎわの、長い、長い、白木の乾燥棚の上には、それぞれ、まったく違う大きさと、まったく違う表面のお刻みのある、深い深い、ほのかに藍色がかった黒の墨の挺が、合計、二十数挺、ぴたりと、寸分違わぬ間隔で、整然と立てかけられていました。

そして、それぞれの墨の挺のお表面には——、ふっくらと、深く、しなやかに、お型入れにお彫り込まれた、ひと挺、ひと挺の、まったく違うお図柄が、ふんわりと、お刻みになっていらしたのです。

——あるひと挺には、深い、深い、しなやかな雲のお図柄が。
——あるひと挺には、ふっくらとした、しずかな菊の花のお図柄が。
——あるひと挺には、繊細な、しずかな松のお枝のお図柄が。
——あるひと挺には、しずかに、しずかに、お流れになる小川のお図柄が。
——いちばん端のひと挺には、深い深い、何かの古い文字のような、しずかなお刻みが——。

そして、ひと挺、ひと挺の墨の挺の、いちばん下のほうには、ふっくらと、深い、深い、金箔で、しっとりと押された、ささやかな、しかし、確かな屋号の銘が、しずかに、お記しになっていたのです。

そして驚くべきは——、その二十数挺の墨の挺の、それぞれの表面のお刻みの、ちょうど真ん中の高さの位置と、そして、ご自分の墨の挺の中心の高さの位置とが、寸分のずれもなく、すべて、ぴたりと、同じ水平の線の上に、お並びになっていらした、ということでした。

——いちばん大きな、雲のお刻みのひと挺も。
——いちばん小さな、お流れの小川のお刻みのひと挺も。

それぞれの墨の挺の、大きさは、まったく違うのに——、その「お表面のお刻みの中心」が、すべて、寸分のずれもなく、ぴたりと、同じ高さで、ぴたりと、お向き合いになっていらしたのです。

そして、ひと挺、ひと挺の、お刻みのお図柄の、いちばん深く、いちばん細やかな線のところは——、すべて、私のほうへと、ふっと、まっすぐに、お向きを揃えて、しずかに、しずかに、お並びになっていらしたのです。

——雲のお図柄も。
——菊のお図柄も。
——松のお図柄も。

それぞれのお図柄の、いちばん深いひと筋は、すべて、お互いに、対等な、深い深い敬意で、ご自分のお姿を、ふっと、私のほうへと、お向け揃えに、お見せになっていらしたのです。

——たった、墨の挺の、ふと、お刻みのお向きの高さの中にも、規律が宿る。

これこそが、私の名づける「刻みの向きの規律」でした。

そして、店主は、ご自分の作業台の上の、いま、まさに、お型入れの済んだ、まだ、ほんのり、湿り気を、しっとりと身にまとった、新しいひと挺の墨を——、ご自分の両手で、低く、まるで、生まれたばかりの幼な子の、まだ、しわひとつ知らないほっぺを、両手で、おだやかに、お支えになるかのように——、ふんわりと、ご自分の指先で、お持ち上げになりました。

そして、店主は——、何度か、深く、しずかに、ご自分の呼吸を、お整えになっていらしたのです。

そして、ふっと、息を、お止めになりました。

そして、その瞬間。

店主は、その新しいひと挺の墨を、寸分も急がず、しなやかに、ふんわりと、乾燥棚のいちばん端の、まだ空いていらしたお位置に——、しずかに、しずかに、お置きになっていらしたのです。

そして、その墨の挺の、ちょうど真ん中の面のお刻みの、いちばん上の線と、いちばん下の線とが——、寸分のずれもなく、ぴたりと、棚の上の、他の二十数挺の墨の挺の、お刻みの高さと、まったく同じ位置に、ぴたりとお揃いになっていらしたのです。

そして、その墨の挺の、お刻みのいちばん深い、いちばん細やかな線のところも——、ふっと、私のほうへと、寸分のずれもなく、まっすぐに、お向きを揃えて、しずかに、しずかに、お並びになっていらしたのです。

——墨を、ただ、お並べになった、のでは、ありませんでした。
——墨の挺を、ただ、ご整理になっていらした、のでも、ありませんでした。

店主は、その新しいひと挺の墨を、乾燥棚の上に、ふっと、お並べになる、その指先の中で——、これから、その一挺が、何年、何十年と、しずかに、しずかに、ご自分の乾燥棚の上で、お熟成になり——、そして、ある日、ふっと、ある一人の方の、ご自分の硯の上で、お水と、しずかに、しずかにお話しになりながら、ひと滴、ひと滴と、お削られていく——、その「ひと挺のお熟成のはじまりの瞬間」を——、確かに、ご自分の指先の、たった、ひと置きの中に、お預けくださっていらしたのです。

——これが、「ひと滴を生み出す手への礼節」でした。

毎日、何挺もの墨を、お練り上げ、お型入れになり続けていらっしゃる店主。

それは、彼にとって、もう、何万回と、くりかえしてきた、極めて日常的な所作のはずです。

しかし、その何万回目の所作を、まるで、初めての、たった一挺の、たった一人のお客さまの、これから、何十年もの間、その方の硯の上で、ひと滴、ひと滴とお削られていく、たった一挺のひと挺のように——、その一挺が、これから、誰の硯の上で、誰のお水と、しずかに、しずかにお話しになりながら、誰のお手のひらの中で、何十年と、ひと滴、ひと滴とお削られていくのかを、確かに、思い描いた上で——、その「ひと滴のお墨を、しずかに、しずかにお生み出しになる、お一人、お一人」への、深い、深い敬意を、無言のうちに、ご自分の指先の、たった、ひと置きの中に込めて、お並べになる。

そして、私は、その瞬間、ようやく、はっきりと、分かったのでした。

——人の手の中の、本当にたいせつなお道具。

それは、決して、お買い上げになった、その瞬間に、お一気に、ふっと、ご自分のものになる、のでは、ありません。

むしろ、ご自分の手のひらの中で、何年、何十年と、しずかに、しずかに、お水と、お一緒に、ひと滴、ひと滴とお削られていく、その「お一人と、お一挺とが、ふっと、ぴたりと、ひとつになってゆく、しずかな、しずかなお時間」の中にこそ——、人生の、本当にたいせつな、ひと挺のお墨が、確かに、お宿りになっていらしたのです。

そして、その「お一人と、お一挺とが、ふっと、ぴたりと、ひとつになってゆく、しずかな、しずかなお時間」のために——、誰かが、毎日、毎日、しずかに、しずかに、ご自分の指先の、たった、ひと挺のお置きの中に、何十年もの所作の重みを、お預けくださっていた。

私は、その日、何も、お買い物を、いたしませんでした。

ただ、ただ、店の壁ぎわの、二十数挺の、それぞれの墨の挺の、ぴたりと、寸分のずれもない、お刻みの高さと、お向きと、店主の指先の、たった、ひと挺のお置きの、ふっくらとした、しずかなお動きを、目の中に、確かに、お預かりさせていただいただけで、十分でした。

そして、店主は、私のほうを見て、こう、低くおっしゃられたのです。

「お墨というものは、ある一人の方が、ご自分の硯の上で、毎日、毎日、お削りになっていくうちに——、その方の指先の癖と、お圧の重みと、お削りのお速さとを、ふんわりと、ふっと、ご自分の中に、お覚えになっていく道具でございます。一年、二年と、お削りになっていくうちに、ふっと、その方だけの、独特な、深い深いお色が、ご自分の中から、しずかに、しずかに、お顔をお出しになる、ようになるのでございます」

——「お墨というものは、その方の指先の癖と、お圧の重みと、お削りのお速さとを、ふんわりと、ふっと、ご自分の中に、お覚えになっていく道具でございます」。

そのひとことの中に、店主は、ご自分の何十年もの、毎日、毎日の、ひと挺のお置きの中に——、確かに、まだ、お会いになったこともない、ある一人の方の、ご自分の硯の上で、お一挺と、お一人とが、しずかに、しずかに、ご自分のお相手のお癖を、お覚えになっていく、その「目には決して見えない、お一人と、お一挺とのご対話」を——、ふっと、私の前で、お明かしくださっていらしたのです。

私は、深く深く頭を下げ、引き戸を、ゆっくりと閉め直して、六月の、もう、すっかりと淡い藍色の宵に染まりはじめた、しずかな路地に、再び戻りました。

そして、街路樹の若葉は、もう、夕陽の淡い金色を、すっかりとお明け渡しになり——、しずかに、しずかに、淡い藍色の宵の気配の中で、ふんわりと揺れていました。

そして、まだ、私の鼻先には——、たった今、店主の乾燥棚から、しずかに、しずかにお流れになっていらした、煤と膠と香木の、深く、まろやかな、しっとりとした匂いが、しずかに、しずかにお流れになり続けていたのです。

——墨屋とは、ただ、墨を、お練り上げになる場所では、ない。
——墨屋とは、ある一人の方の、ご自分の硯の上で、お水と、しずかに、しずかにお話しになりながら、ひと滴、ひと滴と、お墨をお生み出しになる、その「お一人と、お一挺とが、ふっと、ぴたりとひとつになってゆく、しずかな、しずかなお時間」のために——、ふっと、ご自分の指先の、たった、ひと挺のお置きの中に、何十年もの所作の重みを、しずかに、しずかにお預けくださる場所だったのです。

vibes は、目には見えません。

しかし vibes は、こうして、たった一挺の墨の、ふと、ひと置きのお並べの中にすら、店主の何十年もの所作の重みと、まだ、お会いになったこともない、ある一人の方の、ご自分の硯の上のひと滴の重みとが、ともに織り込まれ——、これから、ある一人の方の、ご自分の硯の上の、たった、ひと滴の墨の色の中に、しずかに、しずかにお流れになり続けてゆくのでしょう。

——空気は、まだ、お会いになったこともない、ある一人の方の、ご自分の硯の上のひと滴の重みを——、たった、ひと挺の墨のお置きの中に、しずかに、しずかにお預けしてしまう。

それこそが、看板にも、値札にも、決して書かれることのない、町外れの老舗の墨屋という店の、最も深い、最も静かな「透明な資産」だったのだ——。

私は、まだ、私の鼻先に、しずかに、しずかにお流れになり続けている、煤と膠と香木の、深く、まろやかな、しっとりとした匂いとともに、六月の、もう、すっかりと淡い藍色の宵に染まりはじめた、しずかな路地の中で、ようやく気づいたのです。

——勝田耕司

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