六月のある木曜日の朝、午前十時半のこと。
——その日の早朝までは、しずかに、しずかに、本降りに近い六月の雨が、街全体の路地の上に、ぽつぽつと、降り続いていたのです。
しかし、朝の九時すぎになって、ふっと、ふっと、空のいちばん高いところから、その雨が、しずかに、しずかに、止みはじめ——、雨上がりの、洗い清められた、しっとりとした朝の空気の中に、もう、初夏の朝のいちばん静かな、淡い、淡い、ふんわりと白い、しずかな光が、街路樹の若葉の上に、ふんわりと、こぼれはじめていらしたのです。
——梅雨入りの、しっとりとした雨上がりの朝。
私は、午前中のアポイントまでの、ぽっかりと空いた一時間半ほどを抱えながら、いつもの大通りから、ひと本だけ路地のほうへと外れた、古い住宅街の一角を、ゆっくりと、歩いていました。
——その雨上がりの朝、私が、いつもとは違う路地のほうへと、ふと、足を向けようと思い立ったのには、特に、はっきりとした理由は、ありませんでした。
ただ、雨上がりの、しっとりと、淡くまろやかな朝の風の中に——、ふと、しずかに、しずかに、ある一本の細い路地のほうから、何か、深く、深く、しっとりと、ほのかに、ふっくらと、土と、根と、木の皮と、しずかな草の葉と——、何百種類もの植物の、それぞれのいちばん深い、いちばん芯のところの、深く、まろやかに乾いた、しずかな、しずかな匂いが、複雑に、しかし、決して、不快ではない、不思議な深みで、ひと筋、ふんわりと、流れてきていたのです。
——梅雨入りの、雨上がりの、しっとりとした朝の路地の空気の中に、ふと、何百種類もの植物の、それぞれのいちばん深いところの、ふっくらと、まろやかに乾いた匂いが、ひと筋、流れてくる、というのは、まったく不思議なことでした。
——あの、深く、深く、複雑に、しっとりと乾いた、何百種類もの植物の匂いの先に、どんな店があるのだろう。
私はそう思い、ひと本だけ路地のほうへと、ゆっくりと足を向けたのです。
そして、いくつかの路地を曲がった、その先で——、私は、ある一軒の、小さな店の前に、立っていたのです。
——薬屋。
商店街の路地の、ちょうど真ん中あたり。
その小さな店の、磨き込まれた木の引き戸は——、もう、すでに、ほんのり、半分ほど、横へとお開けになっていて、その引き戸のすき間からは——、しずかに、しずかに、深い、深い、しっとりと乾いた、何百種類もの草の根、木の皮、種、葉、花の、ふっくらと、ふんわりと、まろやかな、奥行きのある気配が、ふんわりと、こぼれていたのです。
そして、その引き戸のすぐ上の鴨居のところには、深い、深い、ほのかに薬草の薄緑のような地に、白く「薬」とたった一文字、染め抜かれた、年代物の暖簾が、雨上がりの、しっとりとした朝の風の中で、ふんわりと揺れていました。
開業から、優に百年は、超えているのでしょう。
私は引き戸の取手にそっと手をかけました。
引き戸が、長年使い込まれた木の、低く澄んだ音を立てて、ゆっくりと横へ滑った瞬間。
私を包み込んだのは、雨上がりの路地の、しっとりとした、初夏の青い若葉の匂いとは、まったく種類の違う、深く、しっとりと、しかし、決して重くはない、ある——もう、何十年、何百年と、深く、しっとりと、お乾燥になり続けてきた、何百種類もの草の根、木の皮、種、葉、花、虫、鉱物の、それぞれの、いちばん深い、いちばん芯のところの、ほのかに、ほのかに苦みのある、ほのかに、ほのかに甘みのある、ほのかに、ほのかに辛みのある、ほのかに、ほのかに鹹みのある、ほのかに、ほのかに酸みのある、ふっくらと、まろやかに乾いた、複雑な、奥行きのある匂いと、そして、長年、何万、何十万包もの、ある一人の方の、ご自分のお身体のしずかなご不調のために、ご自分の指先と、天秤と、ご自分の薬研と、お薬種箪笥のひと引きとのあいだで、ひと包、ひと包と、お整え続けられてきた、その「ひと服のお薬の場」そのものの、芳醇で、しっとりと落ち着いた、複雑なお薬の気配とが、ひとつに溶け合った、深く、しかし、極めて、しずかな、ひとつの空気の厚みでした。
そこに漂っていたものは、もはや、ただの「薬屋の匂い」では、ありませんでした。
それは、何万、何十万包もの、ある一人の方の、ご自分のお身体の、ある「しずかなご不調」のために——、もう、何百年、何千年も前から、人々が、ご自分の山と、ご自分の野原と、ご自分の田畑の中で、しずかに、しずかにお育てになってこられた、何百種類もの草と、木と、根と、葉と、花と、種と、それぞれの、いちばん芯のところの、しずかな、しずかなお力を、ご一緒に、ふっと、ひと包、ひと包と、丁寧にお組み立て続けてこられた、その「無数の、お一服のお薬との出会い」そのものの気配だったのです。
そこには、ある一人の方の、ご自分の、ふと、お身体にお感じになり始めた、しずかな、しずかなご不調を——、確かに、ふっくらと、しずかに、しずかにお和らげくださるための、極めて謙虚で、しかし揺るぎない「規律」が、確かに、深い深い百味箪笥の、ひと引き、ひと引きの中に、息づいていたのです。
「いらっしゃいませ」
店の真ん中の、磨き込まれた檜の長い作業台の前で、深い藍色の作務衣の上に、白いお襷をしっかりと締めた、白髪のご高齢のご店主が、両手の指先を、ご自分の白い手ぬぐいで、ごく軽くお拭きになりながら、私のほうを見て、深く頭を下げてくれました。
年齢はおそらく、もう七十代の半ばに近いでしょうか。
声の音量は決して強くありませんでした。
むしろ、店内に漂う、深く、しっとりと乾いた、まろやかな何百種類もの植物のしずかな気配を、わずかにも乱さない、絶妙な響き。
——そして、ご店主は、ご自分の作業台の上に、ふっと、いま、まさに、お一人のお客さまの、ある一服のお薬を、お組み立ての途中で、いらしたのです。
ご店主の作業台のすぐ脇には、ふっくらとした、深い、深い、檜のような小さな天秤が、ぴたりと、しずかに、立てかけられていました。
私は店内の中ほどに、ゆっくりと足を進めました。
そしてそこで、私は、息を、深く飲んだのです。
——店内の四方の壁ぎわに、整然と、ぴたりと並べられた、何百もの、深い、深い、檜の小さなお引き出し。
店内の四方の壁ぎわには——、ふっくらとした、磨き上げられた、深い深い檜の、ささやかなお引き出しが——、横にも、縦にも、整然と、寸分違わぬ間隔で、何百個ものひと引き、ひと引きが、ぴたりと、お並びになっていらしたのです。
——百味箪笥。
ふっくらと、磨き上げられた檜の、何百もの、ささやかなお引き出しのひとつ、ひとつに、ぴたりと、ぴったりとした、ふっくらと深い色の真鍮の、ほのかに鈍く光る、ふっくらとした取手が、お一つ、お一つと、お取り付けられていらしたのです。
そして、それぞれのお引き出しの、ちょうど真ん中の、いちばん上のところに——、ふっくらと、深い、深い、和紙の小さな札が、ぴたりとお貼りになっていらしたのです。
そして、私は、その小さな和紙の札を、ゆっくりと、目で追っていきました。
「桂枝」
「芍薬」
「甘草」
「生姜」
「大棗」
「茯苓」
「人参」
「附子」
「黄連」
「黄柏」
「葛根」
「麻黄」
「半夏」——
何百ものお引き出しの、ひとつ、ひとつに——、まったく違う、深い、深い、深く乾いた、それぞれの草の根、木の皮、種、葉のお名前が、丁寧な墨書きで、ふっくらと、お記しになっていらしたのです。
そして驚くべきは——、その何百ものお引き出しの、それぞれの真鍮の取手の、いちばん明るく、ふっくらと光るところの高さが——、寸分のずれもなく、すべて、ぴたりと、横にも、縦にも、まったく対等な水平の線と、対等な垂直の線の上に、お並びになっていらした、ということでした。
——いちばん上の段のひと引きも。
——いちばん下の段のひと引きも。
——いちばん右のひと引きも。
——いちばん左のひと引きも。
それぞれの真鍮の取手の、いちばん光るところの高さは——、すべて、寸分のずれもなく、ぴたりと、対等な水平の線の上に、お並びになっていたのです。
そして、それぞれの和紙の札の墨書きの位置と、墨書きの高さとも——、すべて、寸分のずれもなく、ぴたりと、対等にお揃いになっていたのです。
——どのひと引きも、決して、別のひと引きと、ご自分のお薬種の大切さを、競わない。
——どのひと引きも、決して、別のひと引きより、わずかも、目立つことが、ない。
それぞれのひと引きは、お互いに、対等な敬意で、ご自分のいちばん芯の生薬を、しずかに、しずかにお抱きになりながら——、決して、ご自分のお仕事の大きさを、誇示なさることはなく——、ただ、ご自分の出番が、ふっと、ある一人の方の、ある一服のお薬の中に、お訪ねくださる、その瞬間を、しずかに、しずかにお待ちになっていらしたのです。
——たった、百味箪笥の真鍮の取手の、ぴたりと寸分のずれもない高さの中にも、規律が宿る。
これこそが、私の名づける「百味箪笥の規律」でした。
そして、ご店主は、ご自分の作業台の上の、いま、まさに、お組み立ての途中の、ある一服のお薬を、ふたたび、しずかにお見つめになりました。
そして、ご自分の白いお襷をぴたりと整え直しながら、こうおっしゃいました。
「いま、ちょうど、お一人のお客さまの、梅雨入りの湿気で、ふと、お体の重さに、お悩みになっていらした方の、ある一服のお薬を、お組み立ての途中でございます。よろしければ、お並びの途中、もうしばらく、ご覧いただけますでしょうか」
——私は、深く頷きました。
そして、ご店主は、ふっと、立ち上がり、店の壁の、ある一つのお引き出しの前に、ふんわりと、お向かいになりました。
それは、店の真ん中あたりの、五段目の、左から三つめの、「茯苓」と、墨書きされた小さなお引き出しでした。
そして、ご店主は、その真鍮の取手を、ご自分の二本の指先で、ふっと、しなやかに、ふんわりとお持ちになりました。
そして、寸分も急がず、しなやかに、横に、しずかに、しずかに、お引きあけになっていらしたのです。
そして、その引き出しの中から、ふっと、ふっくらと、淡い、淡い藁色の、しずかにお乾燥された、ふっくらとした生薬を、お一つかみ、両手で、低く、ふんわりとお取り出しになりました。
そして、それを、ご自分の作業台の上の、ふっくらとした檜の小さな天秤の、いちばん上の小さなお皿の上に、寸分も急がず、しずかに、しずかに、お載せになりました。
そして、ご店主は——、何度か、深く、しずかに、ご自分の呼吸を、お整えになっていらしたのです。
そして、ふっと、息を、お止めになりました。
そして、その瞬間。
ご店主は、ご自分の右手の指先で——、天秤の脇の小さな、ふっくらとした分銅を、寸分も急がず、ふんわりと、お持ち上げになり——、天秤のもう一方のお皿の上に、しずかに、しずかにお置きになっていらしたのです。
——カチン。
ほんの、わずかな、しかし、確かに澄み切った、檜の天秤の、ささやかな音。
そして、その音の後——、天秤のふたつのお皿は——、寸分のずれもなく、ぴたりと、まったく同じ高さで、ふっくらと、しずかにお止まりになっていらしたのです。
そして、ご店主は、もう一つの、別の真鍮の取手のお引き出し——「白朮」と墨書きされたお引き出しの前に、ふんわりとお向かいになり、ふたたび、ご自分の指先で、ふっとお引きあけになり、ふっくらと、しずかに乾いた、別の生薬を、お一つかみ、お取り出しになり——、また、天秤のお皿に、しずかに、しずかにお載せになっていらしたのです。
そして、もう一つの分銅を、ふっと、ふんわりと、もう一方のお皿に、お置きになりました。
——カチン。
そして、もう一つの真鍮の取手のお引き出し——「桂皮」「乾姜」「人参」「甘草」——、それぞれの生薬を、ご店主は、ご自分の指先で、ふんわりと、お一つかみ、お一つかみと、ご自分の天秤の上で、ぴたりと、ぴたりと、ご自分の分銅と、対等な重みで、ふっと、お量りになっていらしたのです。
——カチン。
——カチン。
——カチン。
——カチン。
——カチン。
——天秤を、ただ、お量りになった、のでは、ありませんでした。
——生薬を、ただ、お組み立てになっていらした、のでも、ありませんでした。
ご店主は、その、たった、ひと匙、ひと匙の、ふっくらとした生薬の、ぴたりと寸分のずれもない重みの中に——、いま、まさに、ご自分の梅雨入りの、しっとりとした湿気の中で、ふと、お体の重さに、お悩みになっていらしたお一人のお客さまの、ご自分の、ふと、深いところで、ご不調を、お抱きになっていらした、その「お一人の、しずかな、しずかなご不調」を——、確かに、何百年もの間の、無数の漢方医と、無数の薬草摘みの方々と、ご自分の何十年もの間の天秤の、しずかな、しずかな計らいの中で——、ふっと、ひと服のお薬の中に、しずかにお預けくださっていらしたのです。
——これが、「ふと体調を崩される方への礼節」でした。
毎日、何包ものお薬を、お組み立てになり続けていらっしゃるご店主。
それは、彼にとって、もう、何十万回と、くりかえしてきた、極めて日常的な所作のはずです。
しかし、その何十万回目の所作を、まるで、初めての、たった一服の、たった一人のお客さまの、ご自分の梅雨入りの、しっとりとした湿気の中の、ふと、お体の重さのご不調のように——、その一服が、これから、誰のお家の食卓の、誰のお湯のみの中で、誰のご自分のお手のひらの中で、しずかに、しずかにお飲みいただくのかを、確かに、思い描いた上で——、その「ご自分のお身体の、ふと、深いところでのご不調を、しずかに、しずかにお和らげになりたい、お一人、お一人」への、深い、深い敬意を、無言のうちに、檜の天秤の、たった、ひと匙、ひと匙の中に込めて、お量りになる。
そして、私は、その瞬間、ようやく、はっきりと、分かったのでした。
——人のお身体の、いちばんしずかな、しずかなご不調。
それは、決して、お医者さまにお走りになるほどの、はっきりとした、大きなご症状の中だけにあるのでは、ありません。
むしろ、ご自分の、ふと、お朝に、お体の重さを、ふんわりとお感じになる——、ふと、お肩に、しっとりとした湿気が、ふっとお乗りになる——、ふと、ご自分の指先が、ほんのり、冷たくお感じになる——、その「お医者さまには、お話ししにくい、ほんの、ほんのささやかな、しかし、確かなご不調」の中にこそ——、何百年もの間の、人々の、しずかな、しずかなお薬の知恵が、ふっと、ひと包、ひと包と、ぴたりとお寄り添いくださっていらしたのです。
そして、その「ご自分のお身体の、ほんの、ほんのささやかな、しかし、確かなご不調」のために——、誰かが、毎日、毎日、しずかに、しずかに、ご自分の檜の天秤の、たった、ひと匙、ひと匙の、ぴたりと寸分のずれもない重みの中に、何十年もの所作の重みを、お預けくださっていた。
ご店主は、お組み立ての終わった、ふっくらと、淡い、淡い藁色の生薬を、ふんわりと、深い和紙の小さな包みに、お入れになりました。
そして、その包みの口を、寸分のずれもなく、ふっくらと折り、深い、深い、藁色の細い紐で、ふっくらとお結びくださいました。
そして、その小さな包みを、ふっと、奥のお部屋から、しずかにお待ちになっていらした、ある、ご年配のお客さまの方の両手のひらに、両手で、低く、しずかにお渡しくださいました。
そして、そのご年配のお客さまは、深く、深く、頭を下げ、ふっと、その小さな包みを、ご自分のお胸の前に、しっかりとお抱きになりながら、お帰りになっていかれました。
ご店主は、その方の後ろ姿を、しずかに、しずかに、見送りながら——、私のほうを見て、こう、低くおっしゃられたのです。
「お薬というものは、決して、お病気をお治しになるための、強い、強いお力では、ございません。むしろ、ご自分のお身体が、もとから、お持ちになっていらした、しずかなお力を——、ほんの、ほんのひとつ、二つ、ふっと、お思い出しになるお手伝いを、しずかに、しずかにさせていただくだけのものでございます」
——「お薬というものは、ご自分のお身体が、もとから、お持ちになっていらした、しずかなお力を——、ほんの、ほんのひとつ、二つ、ふっと、お思い出しになるお手伝いを、しずかに、しずかにさせていただくだけのものでございます」。
そのひとことの中に、ご店主は、ご自分の何十年もの、毎日、毎日の、檜の天秤の、たった、ひと匙、ひと匙の重みの中に——、確かに、お一人、お一人のお客さまの、ご自分のお身体の中に、もとから、ふっくらと、お眠りになっていらした、しずかなお力を——、決して、ご自分のお薬で、上から、お押し付けにはならず——、ただ、しずかに、しずかに、ふっと、お思い出しになるお手伝いを、お続けくださっていらした、その「目には決して見えない、お身体への、しずかなご一礼」を——、ふっと、私の前で、お明かしくださっていらしたのです。
私は、深く深く頭を下げ、引き戸を、ゆっくりと閉め直して、もう、すっかりと雨上がりの、しっとりとした、淡くまろやかな朝の路地に、再び戻りました。
街路樹の若葉は、まだ、雨上がりの、しっとりとした水滴を、いくつも、いくつも、葉の縁に、お抱きになりながら、淡い、淡い朝の光の中で、ふんわりと揺れていました。
そして、まだ、私の鼻先には——、たった今、ご店主の檜の天秤から、しずかに、しずかにお流れになっていらした、何百種類もの植物の、それぞれのいちばん芯のところの、ふっくらと、まろやかに乾いた、深い深い匂いが、しずかに、しずかにお流れになり続けていたのです。
——薬屋とは、ただ、お薬を、お組み立てになる場所では、ない。
——薬屋とは、ある一人の方の、ご自分のお身体の中に、もとから、ふっくらと、お眠りになっていらした、しずかなお力を——、ふっと、お思い出しになるお手伝いを、ご自分の檜の天秤の、たった、ひと匙、ひと匙の、ぴたりと寸分のずれもない重みの中に込めて、しずかに、しずかにお預けくださる場所だったのです。
vibes は、目には見えません。
しかし vibes は、こうして、たった、ひと包のお薬の、檜の天秤のひと匙のぴたりと寸分のずれもない重みの中にすら、ご店主の何十年もの所作の重みと、何百年もの間の、無数の漢方医と、薬草摘みの方々の、しずかな、しずかなお力とが、ともに織り込まれ——、これから、ある一人の方の、ご自分のお身体の中に、ふっくらと、お眠りになっていらしたしずかなお力を、ふっと、お思い出しになる、その瞬間の中に、しずかに、しずかにお流れになり続けてゆくのでしょう。
——空気は、ある一人の方の、ご自分のお身体の中に、ふっくらと、お眠りになっていらしたしずかなお力を、ふっと、お思い出しになる、その瞬間の中にすら、まったくお会いになったこともない、ある一人の薬屋のご店主の、ふと、ひと匙の重みのお量りの所作の重みを、しずかに、しずかにお預けしてしまう。
それこそが、看板にも、値札にも、決して書かれることのない、町の老舗の薬屋という店の、最も深い、最も静かな「透明な資産」だったのだ——。
私は、まだ、私の鼻先に、しずかに、しずかにお流れになり続けている、何百種類もの植物の、それぞれのいちばん芯のところの、ふっくらと、まろやかに乾いた匂いとともに、六月の、雨上がりの、もう、しっとりと、夏のはじまりの気配を、確かに含み始めた、しずかな路地の中で、ようやく気づいたのです。
——勝田耕司













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